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今日も、読書。 |ラスト3行の感動を味わうために

長い読書の旅の末に辿り着く、ラスト1ページ。そのラスト3行。

その3行を読んだとき、ああ、この本を読むことができて本当に良かったと、幸せな感動に包まれた。


長い時間をかけて読み進め、登場人物との距離を縮めてきたからこそ、ラスト3行を読んだときの感動がひときわ大きくなる。

そんな最後の数行で感動のピークが訪れる小説が、私は好きだ。


今回は、”ラスト3行を読んだときの感動”を皆さんにもシェアしたくて、私が愛してやまない小説をご紹介する。

私は、一度読んだ作品をあまり読み返さない。しかし今回紹介する作品は例外で、何度も読み返している。

それも、ラスト3行の感動を最大限に味わうために、最初から最後までじっくりと。それくらいに好きな作品である。



本多孝好|WILL


11年前に両親を事故で亡くし、家業の葬儀店を継いだ森野。29歳になった現在も、寂れた商店街の片隅で店を続けている。葬儀の直後に届けられた死者からのメッセージ。自分を喪主に葬儀のやり直しを要求する女。老女のもとに通う、夫の生まれ変わりだという少年——死者たちは何を語ろうとし、残された者は何を思うのか。ベストセラー『MOMENT』から7年、やわらかな感動に包まれる連作集。

あらすじ


今回ご紹介するのは、本多孝好さん『WILL』という小説だ。

主人公は、不慮の事故で両親を亡くし、若くして葬儀店の社長となった森野という女の子。彼女のもとで葬儀を執り行うお客さんから不思議な”謎”が持ち込まれ、それを解き明かしていく「日常の謎ミステリ」の連作短編集である。

葬儀店が舞台ということもあり、”死”が作品全体のテーマになっている。

近しい人を亡くしたとき、その深い悲しみとどう向き合い、どう生きていくのか。亡くなった人と残された人、それぞれの想いが交わる、温かな小説である。


本作の最大の見所は、主人公・森野の成長だ。

葬儀店の社長として、お客さんがそれぞれに”死”を乗り越えていく様子を眺める彼女は、作品全体を通じて、自身の”両親の死”と向き合っていく。

森野は、あまり感情を表に出さない、さっぱりした性格である。口調も少し荒っぽく、男勝りな感じだ。両親を亡くしたときも、悲しみや驚きを表に出すことなく、すぐに葬儀店を継ぐことを決断した。

そんな”強い女性”に見える彼女が、誰にも見せまいと心に閉じ込めてきた感情。両親が残してくれたとある”愛の形”に気づいたとき、その感情が大きく揺れ動く。

そしてラスト数ページ、さらにはラスト3行の、あの感動に繋がっていく。なんとも美しい構成の小説である。


私が『WILL』を読んでいて、最も印象に残った一文を引用させていただく。

死者の死を生者が静かに弔い、生者の生を死者がひっそりと支えている。

『WILL』p214より引用

誰かを亡くしてしまっても、その瞬間に生者と死者の関係が切れてしまうなんてことは、絶対にない。生者は死者を想い、死者は生者を支えていく。

そんな”目には見えない繋がり”に、目頭が熱くなる作品だった。ぜひお読みいただきたい。



——そう、ぜひお読みいただきたい、のだが。

『WILL』の感動を最大限に味わうために、本作を手に取るのを、ほんの少しだけ我慢してほしい。実は『WILL』には、前日譚がある。それが、『MOMENT』という作品だ。

『MOMENT』と『WILL』は、それぞれ独立した連作短編集であり、それぞれ単体でも楽しめる。しかし、どちらも同じ世界を舞台にした作品となっているため、『MOMENT』を読んでから『WILL』を読んだ方が、より深く楽しめるようになっているのだ。

というわけで、『WILL』のラスト3行の感動を体感いただくために、ぜひ『MOMENT』の最初の1行目から読んでいただきたいのである。



本多孝好|MOMENT


死ぬ前にひとつ願いが叶うとしたら……。病院でバイトをする大学生の「僕」。ある末期患者の願いを叶えた事から、彼の元には患者たちの最後の願いが寄せられるようになる。恋心、家族への愛、死に対する恐怖、そして癒えることのない深い悲しみ。願いに込められた命の真実に彼の心は揺れ動く。ひとは人生の終わりに誰を想い、何を願うのか。そこにある小さいけれど確かな希望——。静かに胸を打つ物語。

あらすじ


『MOMENT』の主人公は、神田という男の子。突然誰?という感じかもしれないが、実は彼、森野の幼馴染である。『WILL』にも登場する、非常に重要な登場人物だ。

本作は、『WILL』から少しだけ時代を遡った、神田と森野が大学生のときの物語。病院で清掃員としてアルバイトする神田が、死を目の前にした患者の”最後の願い”を叶える中で、ちょっぴり不思議な謎を解明していく連作短編集である。

個人的に、『WILL』より『MOMENT』の方が、「日常の謎ミステリ」としての完成度は高いと感じた。本作も『WILL』と同様に”死”がテーマとなっているが、こちらは生者の側ではなく、死者(正確には死を目前にした末期患者)の側に寄り添った作品になっている。


『WILL』の前に『MOMENT』を読んで、神田と森野の”近くて遠い関係性”に、ぜひ存分に悶えてほしい。彼らの不器用でもどかしい距離感は、『WILL』を読むうえでとても大切な要素である。

実は『MOMENT』では、森野はそれほど登場しない。人柄もそこまで明らかにされず、謎に包まれた幼馴染として描かれている。

しかし私個人としては、神田視点の『MOMENT』も含め、やはりこの2作の主人公は森野だったと考えている。『MOMENT』の物語は、森野の控えめな描き方もひっくるめて、すべてが『WILL』のための布石だったのだと思う。

『MOMENT』を読んだ後に森野視点の『WILL』を読むと、キュン死すること間違いなしだ。そんな神田と森野の恋愛模様も、ぜひ楽しんでいただきたい。


『MOMENT』は神田視点、『WILL』は森野視点で描かれており、別々の視点から同じ世界の物語を読むことができるという点でも、本作は非常に面白かった。

ちなみに、『MOMENT』と『WILL』と同じ世界が舞台の『MEMORY』という短編集もあるので、こちらもぜひ。

仮に『MOMENT』がハマらなくても、ぜひとも『WILL』まで読んでほしい。ラスト3行の感動を味わうために、どうかじっくりと、読書の旅路を歩んでいただきたい。




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