見出し画像

#18 太宰治全部読む |遂に最終回!作家太宰の誕生前夜

私は、太宰治の作品を全部読むことにした。

太宰治を全部読むと、人はどのような感情を抱くのか。身をもって確かめることにした。


前回の『ろまん燈籠』では、日中戦争・太平洋戦争が勃発した時代の短編を読み、太宰の「文学のために死ぬ覚悟」を感じ取った。

18回目の今回は、『地図 初期作品集』を読む。

これまで1年以上にわたって続けてきた「太宰治全部読む」も、遂に最終回。果たして最後に、どのような作品が待っているのだろうか。




太宰治|地図 初期作品集


石垣島制圧に沸く琉球国を、祝賀のため訪れた蘭人たち。彼らが献上した軸物を見るや国王はたちまち顔面蒼白になった……。表題作「地図」をはじめ、「怪談」「花火」など同人誌等掲載の初期作品を通して、中学生津島修二から作家太宰治誕生までのドラマを読む特別篇。後年、太宰の筆と確認された「断崖の錯覚」や、文庫初収録の「貨幣」「律子と貞子」など文豪への出発点を刻印する作品群。

あらすじ


本作は、処女作『晩年』の発表前、まだ中学・高校の学生だった頃に書かれた習作を中心に、これまでの文庫に未収録だった短編が、28編収録されている。

世界地図を背景に、ポップな絵柄でありながら、首を切る残酷なシーンを描いた装丁が、非常に印象的だ。


作家太宰の誕生前夜

本作を読むと、よわい15歳の「津島修二」の時点で、太宰の作品が非常に高い完成度を持っていたことに驚く。

まず、語彙が豊富だ。とても中学生とは思えない。加えて、歴史への造詣の深さも感じられる。

これまでの私小説の中で、中学・高校時代は成績優秀だったこと、芥川龍之介を始めとする文学を敬愛していたことが、繰り返し述べられていた。

高い頭脳と、文学的な素養の証拠が、今回の習作群の完成度に表れていると感じた。きっと、周囲の仲間たちからも、一目置かれる存在だっただろう。


太宰らしい、軽妙でリズミカルな語り調子はまだなりを潜めているが、随所に後年の太宰を思わせる表現も見られる。

『晩年』に収められた「葉」や「道化の華」などに繋がる短編も見られ、まさに、作家太宰の誕生前夜といった印象だった。

これまで「太宰治全部読む」を続けてきたが、最後の最後で、最も若い頃の作品を読むことになるとは、想像していなかった。思えば初回も、「一作目にして晩年」という、トリッキーな始まり方をしていた。

この辺りも含めて、なんとも太宰らしい、肩の力が抜けた、面白い読書体験だったなと思う。


戯曲 虚勢

さてここからは、特に印象に残った短編をピックアップ。

まずは戯曲調で書かれた「虚勢」。盲目の男性が突然目が見えるようにさせられて、それまでは見えていなかった世界の汚さに気づく不幸をテーマにしている。

まず、中学生で戯曲なんて書けます? しかもテーマが深い。

後年の太宰の短編と並べても遜色ない。執筆年を事前に知らなかったら、きっと私は気づけなかった。


地図

表題作の「地図」は、太宰の教養の深さが窺い知れる作品。特に日本史への造詣と、権力者の心境に対する想像力に、凄みを感じる。

苦労の末に石垣島を制圧した琉球の国王が、オランダ人から献上された世界地図に自身の国土が記されていないことに激昂し、乱心する様を描いている。

さすが表題作に選ばれているだけあって、特に完成度の高い作品である。なんとなく、この作品を執筆している少年・津島修二のノリノリな気分が、文章から伝わってくるようだ。

この頃の作品は三人称視点で書かれているものが多く、太宰にしては珍しい、丁寧な情景描写なんかも見られて新鮮である。それにしても中学生で、琉球王国の小説を書こうなんて思います?


彼等と其のいとしき母

辻島衆二の名義で書かれた「彼等と其のいとしき母」は、三人称視点でこそあるものの、のちの太宰の作風を思わせるような短編だった。

東京で美術家になることを目指す兄のもとに、喧嘩別れした母とともに訪ねる話。

生家との不和は太宰文学の重要なテーマであるが、学生時代に書かれた、家族との微妙な関係を描く作品として面白かった。

ちなみに『晩年』収録の「葉」という短編に、本作のフレーズが取り入れられている。両作品を読み比べてみるのも良い。


虎徹宵話

まさかの新撰組小説。色々なテーマに取り組んでいる様が伺える。

会津公に忠誠を尽くし、洛中で様々な武勇を打ち立てた新撰組だが、時勢の逆風を感じ取り、不安を吐露する組員を描く。

そんな組員を意気地なしとして非難する、女性の視点で書かれているのが、やはり太宰。このように、のちの作風に繋がるポイントを探し出すのが楽しい。そう考えると、本作『地図』を最後に読めたのは、良かったかもしれない。


貨幣

1946年発表の作品。太宰お得意の「擬人化」もの、なんと今回は百円紙幣にしゃべらせている。

『御伽草紙』の動物たちや、「失敗園」の野菜たちなど、これまでも度々読んできた擬人化シリーズが、私はとにかく好きである。最後にもうひとつ読めて良かった。

そして意外にも、ほっこり感動するような終わり方。財布の中の貨幣たちがひっそり話し合いをしている様を想像すると、ちょっと楽しい気持ちになる。


さて、とうとう全ての作品を読み終えた「太宰治全部読む」だが、最後にもうひとつだけ、ここまでの読書体験を総括するようなnoteを書きたいと思っている。

皆さま、あとほんの少しだけお付き合いください。お楽しみに。



◇「全部読む」シリーズの他の記事はこちら◇

◇本に関するおすすめ記事◇

◇読書会Podcast「本の海を泳ぐ」を配信中◇

◇マシュマロでご意見、ご質問を募集しています◇

この記事が参加している募集

読書感想文

わたしの本棚

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?