ケン・ローチ,是枝裕和(2020)『家族と社会が壊れるとき』の読書感想文

ケン・ローチ監督と是枝裕和監督の『家族と社会が壊れるとき』を読んだ。2020年12月にNHK出版新書から出された本である。

ケン・ローチの近年の作品には、『わたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』といったものがあり、現役で活躍中の監督である。1936年生まれで、なんと今年(2022年時点)で86歳! 70代、80代でも、耄碌せず、作品の質が下がらないのは、とんでもなくすごいことだと思う。

本書では、ケン・ローチ監督が是枝監督を「いい人」と評し、一方で是枝監督がケン・ローチ監督の作品の好きなシーン、感動したシーンを率直に話されており、二人は「相思相愛なのだな」と思わされた。

ケン・ローチ監督は反権力で資本家から奪われている市民(労働者階級)は弱者である、という立場を取っている。一方の是枝監督は、労働者階級でも罪を犯せば裁かれる現実を描き、問題を提示をして観客がそれぞれの生活の中で答えを考えてほしい(p.29)、物事は一刀両断できない、という立場を取っている。

それもそのはずだ。イギリスはアクセントで社会階層がわかるほどの階級社会だが、日本の階層と階級は、非常に見えにくい。ものすごい投資家で資産家の人が、ユニクロの30年前のボロボロのフリースを着ていて、街角で見ると、貧しい老人に見えてしまう、なんて話も聞いたことがある。日本の金持ちは、平気で貧乏人に擬態するので、攻撃しにくかったりもする。(擬態ではなく、金持ちはどケチという説もある)

対談部分では、ローチ監督は、是枝監督のカメラを「観察者の視点(p.56)」と指摘している。次に、映画を観るときは、気を付けて観ようと思った。

『万引き家族』のシーンだと、ローチ監督も、安藤サクラの取り調べシーンがよかった(p.63)と述べている。(ちなみに、ファーストテイクだそうです)。わたしも号泣したが、女優のケイト・ブランシェットも、ローチ監督も感動しているのだ。すごいシーンは、素人でもプロでも関係なく、心をわしづかみにしてしまうものなのだな、と再確認。

ローチ監督の「貧困は肌に表れる(p.74)」「安い労働力とは脆弱な労働者(p.94)」などの言葉も、他人事ではないと感じる。そして、イギリスでも介護の仕事などは代理店が入札し、運営しており(p.107)、日本の派遣会社のシステムとまったく変わらないことに驚く。さすが、日本が模倣したサッチャー(新自由主義)の国。

労働力、労働者を「モノ」扱いをするのはやめて、いい加減、直接雇用しろよ、と思う。中抜きされて、得するのは会社と資本家だけで、労働者には全然旨味がない。なんでこんなシステムが跋扈してしまっているのだろう。休暇手当、傷病手当をカットできれば利益が上げられるなんて思考をする経営者のもとで働くことを労働者は拒否しなければならないのに、いつのまにやら、その制度(システム)の中に組み込まれてしまっている。

そして、ローチ監督が、サッチャー政権時代にサッチャー批判のドキュメンタリー作品を撮り、すべてお蔵入りになっている(p.121)、という事実にも驚く。やはり、強権的な政権というのは、批判すら、捻りつぶし、大衆に見せないようにするのだ。恐ろしいし、それは民主主義の理念に反しているので、是正されるべきだ。(なんか、わたしの文体が社会活動家みたいになってきた笑)でも、サッチャーのドキュメンタリー、今だったら、公開してもいいのではないだろうか。

ローチ監督は、トランプ、ジョンソン、ボルソナロといった市場原理主義者たちを批判(p.139)しているが、2022年現在、トランプは公職から離れ、ジョンソンの失脚も決定している。潮目は変わりつつあると喜んでいいものか。しかし、トランプの負の遺産(女性から中絶の権利を奪うなど)は悪夢のように続いている。ボルソナロも似たような政策をやっている。

「私たちはパンも欲しいが、薔薇も欲しい」という100年前にストライキをした労働者のスローガン(p.173)は、いい言葉だな、と率直に思う。

この本のすごいところは、実は、最後の第5章である。是枝監督がはっきりとNHKが政府に忖度して、大本営的な報道をしていることを批判し、「パブリックがナショナルに回収されている」と危機感を露わにしている。第5章が肝である。ここを読むだけでも是枝監督の覚悟が伝わってくる。

そして、わたしが10代のときに、観たのか観ていないのかも覚えていない『SWEET SIXTEEN』がケン・ローチ監督作品だと知り、驚いた。見たいのだが、配信もないようだ。ただ、あの少年二人のポスターはよく覚えているのだ。記憶というのは、本当に夢のように断片化し、未来の自分を混乱させる。

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