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『LAYBACK』

4月5日金曜日昼過ぎ、とある重要プロジェクトの受注が暗礁に乗り上げつつあることを危惧したグローバルからの呼びかけで設定された日本時間夕方の会議に向け、日本支社で働く我々のチームは彼らに対してどのように報告すべきか対策を練っていた。そのプロジェクトがグローバル全体で今年の重要案件として組織のトップが説明する資料に登場した直近における予想外の出来事によって、日本発の案件である本件の趨勢を世界各地の関係者が見守るようになったが、正直なところ極東の支社で働く末端の我々としては万事を尽くした思いで、あとは顧客による判断でどう本件が帰結するか待つばかりである。

そうしたグローバル企業における微妙な組織力学に対して一抹の疲労感を感じた私は、外の空気を吸いたくてエレベータに飛び乗り、自動ドアを通過して曇天の空のもとに身を預けた。世間がイメージする恵比寿の喧騒はあくまで駅西側の一帯で、私の歩く駅東側の新橋地区はややカジュアルな装いの会社勤めと思われる人々が出歩くビジネス街の一面を持つ。散歩がてら新橋グルメ通りを東方向にゆくと目前にスバルの大きなショールームを発見し、表題の名称である新車のSUVを宣伝する白の文言が視界に入る。

laybackとは、のんびりした、といった文脈で使用される言葉で、緊張の糸を緩めてくれるような印象を受け手に対して与えてくれる。軽い疲労と喉の乾きを癒やしてくれることを期待して、私はショールームに併設されたタリーズコーヒーに足を踏み入れ、オリジナルコーヒーを注文して新橋グルメ通りに面した窓側の席に腰掛けた。金曜日の午後3時過ぎにおける新橋グルメ通りを歩く人々はこころなしかうわずった気分に見え、やや旬の過ぎた奥の桜の木と共に少し張り詰めていた私の心をなだめてくれるようだった。

ショートサイズのオリジナルコーヒーを一気に飲み干した私は、バルセロナオフィスに勤務する同僚との会議で話すべきこと、すべきでないことを頭の中でぼんやりと組み立てながら、彼らの住む地中海に面した異国の街にあるサグラダ・ファミリアや、イカスミのパエリアが美味しいレストランを空想しつつ、再び臨戦態勢に入るのであった。


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