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世間知らず

 「世間ではよくこう言われている」ことを、自分に言った人はほとんどいなかった。親が離婚すると子どもは不幸なものだ、とか。女は結婚して子どもを産むものだ、とか。あるいは、片親育ちだと健全な子に育たない、とか。
 
 自分の周りにいた人は、だいたい最初からこう言っていた。

「結婚したまま親がケンカばかりしているより、さっぱり離婚して暮らしたほうがいい。そのほうが子どものため」

「結婚しなきゃいけない時代じゃない。子どもを持たない選択肢もある。いまは高齢出産もめずらしくないから、チャンスはいつでもあるし、女性の魅力は年齢じゃない」
 
 そして、同級生にはそれなりに片親育ちの子がいたので、誰もその育ちを悪く言いはしなかった。中学校には孤児院の子も多く、そうなると片親よりもう少し、事情が悪いように見えた。それでも彼らのみんながみんなやさぐれているとか、そんなことはなかった。
 
 それだから「離婚は権利であり、さっぱりしたもの」「結婚・出産圧があったのは昔の話」「片方の親がいない、それわりと普通だよね」くらいに考えて育った。同級生の家庭には片親のところもそれなりにあって、特別不幸にも見えなかった。
 
 アキちゃん家は、お母さんがいなくて、お父さんには付き合っている彼女がいる。ミノリちゃん家はお父さんがいなくて、お母さんがひとりで育ててる。タケルくんの家も同じ。結構あるよね、こういう家庭。それってなにか問題あるの?くらいの感覚。
 
 大人になってからようやく、「ああ、世間では離婚ってかわいそうなことなのか……」「結婚・出産の圧力って、本当にかけられる人いるんだ……」「『あの子の家にはお父さんがいないから、あの子と遊んだらダメよ』とか言う人いるんだ……」と世間を理解した。
 
 自分の頭の中には、最初のその「世間で言われていること」が存在しなくて、後天的に学ぶ羽目になった。
 
 育児書を開くと「可能な限り、二親が揃った状態で子どもを育てるほうがいい。離婚は子どもの心に傷を残す」と、あたりまえのように書かれている。「とりわけ父親が育児に参加するほうが、子どもの社会性が育ちやすい」とも。
 
 母親に引き取られた自分とか、どうなるんだろう。父親とも定期的に会ってはいたけど、「育児に参加」というレベルではなかった。兄は父のほうが引き取った。兄妹ふたりとも、社会性は微妙だった。過去形なのは、父が育てたほうが自殺したから。
 
 今度はジェンダーについて調べていると「女性の卵子の量は決まっており、妊娠・出産は若いほうがいい」と出てくる。ついでに「精子が老化するので、子どもを望むなら男性側も若いほうがいい」。
 
 これが「常識」だったんだろうな、と思う。常識を踏まえた上でそれを否定するならいいけど、自分にはその土台がそもそも欠けていた。かつて子どもの自分に「反・常識」だけ吹き込んだ人、それよくないですよ。守破離の「守」は基礎だから、ちゃんと教えて。
 
 家にお母さんがいなかったアキちゃんは、のちのち高校を中退していた。お父さんと新しいお母さんが、互いに子連れで再婚した結果、家に彼女の居場所がなくなったらしい。向こうの子の名前は、同じ「アキ」だった。
 
 アキちゃんはその後、薬局で名札をつけて働いていた。「マミ」と書かれていた。詳細は知らない。名前を変えたのか、働くとき専用の名前なのか。どうであれ、アキちゃんの家が「ふつうの」家庭だったら、こうはならなかったんだろう。
 
 だからどうってことじゃない。「やっぱり常識は最強で最高なんだ」と言う気はないし、逆に「世間で言われていることなんてみんな聞かなくていい」とも思わない。子どもから言わせれば、親の離婚は普通に傷つく。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。