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あの日のヤマメの目を忘れない。

家の目の前を小さな川が流れている。川幅は5~6mほどといったところか。いわゆる渓流という類の川だ。

昔々この川にはヤマメが棲んでいた。あれは僕が小学校の低学年だった頃。妹と弟を引き連れて川遊びに興じていた僕はある時、岩陰にじっと潜む魚と目があった。

目測による体長は25cmほどだろうか。同じ川に生息しているアブラハヤよりもふた回りくらい大きい。体側に規則正しく並んでいる紺色の斑紋模様が目にとまる。

やんちゃ坊主だった僕は躊躇うことなく岩と岩の間に腕を突っ込み、こちらを流し目で見てくるヤマメを捕まえようとした。しかし思った以上に狭かったため、ヤマメまで手が届かない。

しばらくもがいてみたもののヤマメに届くような気配は微塵もなかった。諦めた僕は腕を引き抜き、岩陰を再度のぞき込んだ。ヤマメは逃げる素振りを見せることなく、相変わらずゆらゆらと揺れながらこちらを見つめてくる。

「どうしたって私にはとどかないよ。坊ちゃん」

そんな事を言われているような気がした…。

あれから約20年がたった。あの時出会ったヤマメはきっともう旅立っているだろう。また、つい5年ほど前にこの地域を襲った、橋を破壊してしまうほど強力な豪雨によって彼の子孫は流されてしまった。

この川にはもうヤマメはいないようだ。テンカラを何度か試してみたが全く反応がないからだ。

あの日偶然出会ったヤマメの目を僕は一生忘れない。

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