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ブランチで昼食を

観光客の多いリゾート地だからかもしれない。コロナ以降、朝食~昼食を提供するカフェレストランが大繁盛している。

看板にはBreakfast/Brunch/Lunchと掲げてあり、午後3時頃には閉店する。

午前中、犬の散歩で通りすがると炎天下の中いつも行列が出来ている。そこまでして食べたり飲んだりしたいものって何なのか?と気になってネットで検索してみると、インスタ映えする写真がいくつも出てきた。

新鮮なフルーツが盛られたパンケーキやアサイボール。野菜たっぷりのハンバーガーなど、健康志向なメニューがズラリと揃っている。飲み物もスムージーからハーブティーや自家製レモネードまで、ミントやバジルの葉を添えてカラフルなビジュアルのものばかりだ。

美味しいかどうかは別にして、ギルティーフリーで目に鮮やかなものを食べると気分が上がる。

だから若者たちがこぞって列を作り、店は繁盛するのだろう。

特に旅行客にとっては、毎日3食レストランで食事をするのは重すぎる。だからブランチが食べられるカフェレストランは重宝するのだ。


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ところで、もともとフランスにはブランチという概念はなかった。

旅行客は街のあちこちにあるパン屋でクロワッサンやパンオショコラを買って歩きながら食べたり、カフェでコーヒーと一緒にクロワッサンを注文したりして食べていた。

たまにカフェでオムレツを食べている旅行者を見かけることはあるが、朝から新鮮な野菜や果物を食べている人なんてパリに住んでいた頃には見たことも聞いたこともなかったし、朝食はパン!という固定概念が頭にこびり付いていたので、サラダやフルーツの乗ったパンケーキなどは昼食寄りの軽い食事だと思い込んでいた。

ブランチはアメリカからやってきた新しい食事のスタイルだ。

遅い朝食、もしくは早い昼食、はたまた朝食を食べ逃した時の昼食、という意味でBreakfastとLunchを組み合わせた新しい言葉、それがブランチ。

基本何を食べても構わないが、その日一日の最初の食事なので、どちらかというとコーヒーに合う軽い食事がメインになる。


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結構前の話になるが、家族の集まりで夜更けまでホームパーティーをしていた時に、誰かが「明日はみんなでブランチを食べに行こう!」と提案したことがあった。

パリでブランチが流行り出した頃だった。いくつかのオシャレなカフェがブランチメニューと称してジュースやパンやサラダ、卵やソーセージなどのプレート料理をセットにして売り出していた。

夜更けまで飲んだり食べたり喋ったり踊ったりしていたので、どうせみんな翌朝はダラダラと遅く起きてくるに違いない。だったら話題のカフェへブランチしに行こう!という話になったのだ。

翌朝、案の定みんななかなか起きて来ない。9時半過ぎに私が台所へ行くとお義母さんがコーヒーを淹れていた。「みんなこれがなきゃ目が覚めないでしょ」そう言ってウインクをしてから洗面台へ行って出かける準備をし始めた。お義母さんはいつもバッチリメイクをするので準備に時間が掛かるのだ。

その頃の私は紅茶派だったので、自分でティーバッグのお茶を入れてマッタリと台所のテーブルで寛いでいた。

総勢8名が支度をして出かけるのに家には洗面台が2つしかない。しかもみんな朝シャワーを浴びるから時間が掛かる。

私はみんながグダグダと飲んだくれていた夜のうちにさっとシャワーを済ませていた。コンタクトレンズを入れたり顔や髪を整えたりするのは水道の蛇口さえあればどこでもできる。台所だって構わない。だから余裕の顔で朝のティータイムを過ごしていたのだ。

プクプクとコーヒーメーカーがコーヒーの良い匂いを家中にたち込め始めた頃に義妹が起きてきた。そして義弟の彼女がやってきて、「洗面所使うわよ」と宣言して去って行った。

暫くして義弟と夫がのそのそとやって来て、コーヒーを手にリビングで昨夜の続きの話をし始めた。いつの間にか義父が身なりを整えた状態で現れて、気付いたら義妹の彼氏がリビングで男同士の会話に参加していた。

午前10時過ぎ、2つの洗面所はまだ義母と義弟の彼女が使っている。出かける準備をするには洗面台の順番待ちをしなければならない。

すると、寝ぐせで爆発した髪のまま私の前で突っ伏していた義妹が「あーお腹空いた」と言って冷蔵庫からバターを取り出した。そして昨日の残りのパンをトーストし始める。

え?え?えええ!?食べるん?

ビックリして見ていると、食べる?と聞いてきた。

いやいや、今からブランチしに行くから私は食べないよ。そう言うと、あっそ、と言ってからせっせとトーストにバターとジャムを乗せて食べ始めた。

幸せそうな顔でモグモグと食べている。

するとトーストの匂いに釣られた男たちが台所へやって来て、次々とトーストを焼き始める。

夫に「お前もいるか?」と聞かれ、思いっきし首をブルンブルンと左右に振った。いや、だって今からブランチしに行くんでしょ?

私は混乱していた。ブランチを食べに行く前になぜ朝食を食べるのか、意味が理解できなかった。朝食を食べてしまったら次に食べるのは昼食ではないか。ブランチの意味がない。

心の中でモヤモヤしている私をよそ目に飢えた男たちと義妹はお腹いっぱい朝食を食べ、その後順番に洗面台へと立ち去って行った。


当時ブランチで話題になっていたカフェへ行くと、ブランチメニューはオレンジジュースに各種パン、卵料理にベーコン又はソーセジが添えられ、葉っぱのサラダとフルーツサラダが付いてくる、その一種類しかなかった。パンケーキやサラダなんかもあるのかと期待していた私は落胆し、仕方なく通常のカフェメニューからチキンサラダを選んで普通のランチを食べることになった。

さっきたらふくトーストを食べた義妹も、今更またパンなんて食べる気がしないと言い放ち、通常メニューを選んでいた。確か義弟の彼女と義母だけがブランチメニューを頼んでいたように記憶している。

結局のところ、当時パリで流行っていた『ブランチ』はセットメニューの名前のことで、中身は単純にアメリカンブレックファーストだった。

朝食がブランチだなんて、まるで午前中にアフタヌーンティーをするようではないか!

ま、ゆーてもここはおフランス。Brunchと言う英語の意味を深く考えながら食べている人なんてそんなにいないのだろう、けど。


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現在南仏の街でブランチを食べるために列を作っている若者たちの半分ほどは流暢に英語を話している。英語圏から来た観光客や学生さんたちなのだろう。スマホ片手にメニューを選んでいる。

午前中に並んでいるということは、まさか朝食済でブランチを食べに来た人なんていないでしょうね。

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