見出し画像

映画「枯れ葉」_カウリスマキ

公開前からずーっと楽しみにしていたカウリスマキの「枯れ葉」、ようやく観ることができた。6年前の「希望のかなた」を最後に引退宣言した彼が、それを撤回して製作したという映画。
一言で感想を述べるなら、「めっちゃカウリスマキ!」。ファンにはうれしい作品だった。
わたしが一番注目してしまうのは音楽で、そのあたりを中心に書いてみたい。


「枯れ葉」の音楽たち

日本の歌

仕事から帰ってきたアンサ(アルマ・ポウスティ)が自宅でラジオを聞いている。ウクライナとロシアの戦争のニュース。ラジオは古めかしいけど、ああ今なんだ、とわかる。そしてここはフィンランド。ロシアやウクライナはすぐお隣。より生々しく、痛々しい…
とか考えていると、アンサが別の局に変える。と流れてきたのは日本の歌。あ、これは「竹田の子守歌」! ここで一気にテンションが上がった日本人ファンは多いのでは。と同時に遠い日本もつながっている、わたしたちも戦争と無縁ではないことを思い出させられる。

ロックンロールとシューベルトの「セレナーデ」

個室のカラオケボックスじゃなくて、いわゆるカラオケスナック。
ちなみに英語と違い、フィンランド人は「カラオケ」と発音していた。
他の客がのりのりのロックンロールを歌った後、ホラッパ(ユッシ・バタネン)の美声を誇る友人が、シューベルトの「セレナーデ」を披露(←カラオケでこの選曲!笑)。
(高校2年生の音楽の授業でこの曲をドイツ語で歌うテストがあった。当時付き合っていた初めてのボーイフレンドとの甘酸っぱい思い出とも相まって個人的にものすごく思い入れのある曲。ちなみにこの曲は「罪と罰 白夜のラスコーリニコフ」(1983年)の冒頭でも使われていた。過去のブログで書いてます。)

チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」

と、すでに十分カウリスマキらしさ全開なのだけど、アンサがホラッパと2度目に出会い(といっても彼は職を失い外のベンチで寝ている)、トラムに乗るシーンで、「悲愴」がほんの少しだけ流れる。
キターーーー!! と心の中で叫ぶわたし。
カウリスマキといえば「悲愴」。多くの作品で使われてれている。
「マッチ工場の少女」「愛しのタチアナ」などなど……だからこれが流れると、キターーーー!! となるんである。村上春樹作品におけるビールとか、マフィンみたいな??

今作では「悲愴」が3回かかった。
2回目は、アンサが電話番号を紙に書いてホラッパに渡す場面。けっこう長めにかかる。ロマンティック感を盛り上げる。

3回目は秋の風景を映したシーンで。枯れ葉と空。これまた印象的。

姉妹ポップデュオ「マウステトゥトット」

劇中で演奏されるシンセポップ。姉妹なんだそうだ。一度聴いたら耳から離れない。哀愁を帯びた胸キュンメロディー(あぁ、死語かな。今はエモいメロディーか)に無表情な演奏スタイルがたまらない。

枯れ葉

そしてタイトルになっているこの有名な曲が最後にかかります。秋の風景とあいまってしみじみ…

労働三部作の四作目

本作には「パラダイスの夕暮れ 2.0」(1986年)という別名がつけられている。「パラダイスの夕暮れ」、「真夜中の虹」(1988年)、「マッチ工場の少女」(1990年)は「労働者三部作」と呼ばれる。

本作のアンサもホラッパも、ブルーカラーの労働者。容易に職を失い、食べることもできなくなる。監督が「ヘルシンキはパートタイム労働で埋め尽くされた工事現場のようだ」と言うように、何度か街にそんな工事現場があふれる様子が大写しになる。おしゃれなだけじゃない、ヘルシンキの姿。

戦争、環境破壊、世界のあちこちで飢えている人がいるのに先進国では大量の食べ物が捨てられる、貧富の格差拡大――
It sucks! この世はひどい。狂っている。救いようがない。
それでも。それでも小さな光を、ぬくもりを、ささやかな希望を信じたい。そんな思いがひしひしと伝わってくる映画だった。

わたしの頭の中では、ダウン症のあべけん太さんの言葉「みんな一生懸命生きているし、まあがんばっているし、ときにはビールも飲んでね、楽しくやっているんですよ」なんて言葉がぐるぐる。それなんだよね。

そして、書評家の豊崎由美さんが村上春樹の「街とその不確かな壁」のことを、「オールスター感謝祭のような既視感」と書いておられたことも思い出す。この映画にも当てはまるかもしれないな、とちらっと思った。
つまり冒頭で書いた「めっちゃカウリスマキ」ってことなんだけど。
でもそれこそがファンの喜びなのだから何も言うことはない。心から楽しみました。ありがとう。

カウリスマキ映画の記録(ブログのリンク)

以下は過去、どはまりして観まくり書きまくっていたカウリスマキ映画の記録。どれもこれも面白くてこんなに自分にヒットする映画があるとはと、新しい作品を観るたびに感動していた。2015年夏にフィンランド新婚旅行、その年の秋にはまったのだった(それまで全然知らなかった…)。

「愛しのタチアナ」(1994年)「浮き雲」(1996年)
「罪と罰 白夜のラスコーリニコフ」「マッチ工場の少女」
「カラマリユニオン」「パラダイスの夕暮れ」
「ハムレット・ゴーズ・ビジネス/真夜中の虹」
「コントラクト・キラー/白い花びら」
「ラヴィ・ド・ボエーム/トータル・バラライカ・ショー」
「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ/レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う 」


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?