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遊び場、子供たちの夢

 黄昏時の教室に、子供たちの声が響いていた。
 いつまでも家に帰らず、遊んでいる子供たちだ。
 女の子が二人、男の子が三人だ。
 歳は小学生から、中学生くらいに見えた。幼稚園児もいる。
 子供たちは、談笑したり、追いかけっこをしている。
 壁時計は壊れているのか、16時42分で止まっていた。
 黒板前の教卓には、首が細い花瓶が置いてある。
 花が生けてあったが、ドス黒く枯れていた。
 だが不思議な事に、水の中の茎は、青々としている。
 水から出た部分だけ枯れていた。いや、腐っていた。
 あとよく見ると、ちょっとだけ花瓶にヒビが入っている。
 教室には、椅子と机が並んでいたが、やや乱れていた。
 黒板に、キリル文字で、大きく書きなぐられている。
 ――Втекти!(Vtekty!)
 そう書かれていた。だが子供たちに、気にしている様子はない。
 「……戦争が終わったらね。ウチの家族は海外旅行に行くの!」
 その小学生の女の子は言った。
 「へー。どこに行くの?」
 その小学生の男の子は尋ねた。
 「……合衆国でしょ、連合王国でしょ、共和国でしょ」
 小学生の女の子は、一生懸命指を折って、国の名前を挙げた。
 「日本は?」
 小学生の男の子が尋ねると、小学生の女の子も言った。
 「……うん!日本も!漫画やアニメを見たい!」
 「そう言えば、最近見ていないな」
 小学生の男の子は、視線を彷徨わせて、呟いた。
 「……衛星が落ちて、ネットが死んだからな。現地なら見れるか?」
 中学生の男の子もしみじみ言った。
 「ねぇねぇ、異世界転生ものって、日本だけのお話なの?」
 小学生の女の子が尋ねると、中学生の男子は答えた。
 「……あんなのガラパゴス文化だろ。やっぱ炎の80年代だよ」
 「それも戦争が終わらないと見れないよね」
 小学生の男の子は、途中まで見たアニメの続きが気になっていた。
 「戦争が終わったらね――いつ終わるんだか」
 中学生の女子が、机の上で、足をぶらぶらさせている。
 「……核が落ちたんだろ。ヤベーよ。この戦争」
 小学生の男の子が、ちょっと暗い表情で言った。
 「ホント、いつ死ぬか分からないよね」
 中学生の女子が、自分の手を陽に透かして見ようとした。
 「……お前はすでに死んでいる!」
 中学生の男子が突然、奇天烈なポーズを決めて、そう叫んだ。
 指差された中学生の女子は、頬を膨らませた。
 「またそれ?」
 この中学生の男子は、黒歴史真っ盛りだった。
 「……ひ〇ぶ!」
 小学生の男の子がふざけて、のけぞった。
 なぜか一瞬、顔が崩れて、ゾンビ顔に見えた。だがすぐに戻る。
 「20XX年、世界は〇の炎に包まれた!だが人类〇运共〇体は生き残っていた!」
 中学生の男子が、中学生の女子にそう言った。
 「……あんたのレトロ・オタクぶりにはついていけない」
 これは日本のアニメ・漫画『BASTARD×BASTARD』だ。
 世紀末救世主伝説で、暗黒魔法を使うクソ野郎が主人公だ。
 ポン友と一緒に、夜逃げした中年父親を追う東海道五十三次だ。
 「我が暗黒魔法を喰らえ!ザー〇ード、〇ーザード、以下略、ベ〇ン!」
 中学生の男子が、花瓶の花に向かって、暗黒魔法を唱えた。
 「見よ!これが俺の暗黒魔法だ!」
 花が腐っている。だが所々新鮮な部位もある。まだら模様だ。
 「……なにが〇ノンよ。馬鹿じゃないの?」
 その中学生の女子の横顔は、一瞬、スリラーに見えた。マ〇ケル?
 「それよりもこの子どうするの?」
 小学生の女の子が、幼稚園児の男の子をあやしていた。
 今は仕方なく、皆で子守しているが、いつまでも面倒見れない。
 「……早く親を探して、迎えに来てもらわないとね」
 中学生の女子がそう答えると、小学生の男の子が言った。
 「そう言えば、今何時だ?」
 皆で教室の壁時計を見た。時刻は16時42分で止まっている。
 「まだ夕方じゃないか。あれ?さっきも夕方?」
 小学生の男の子は首を傾げた。時間感覚がおかしい。
 「……何かおかしくない?」
 中学生の女子が言った。一体いつから自分たちはここにいるのか?
 「アニメとか漫画だと、死んでいるのに気づいていない系ってあるよな」
 小学生の男の子が言うと、中学生の女子はちょっとシリアスに言った。
 「……そうだね。ずっと同じ事を繰り返している気がする。無限ループ?」
 しーんとした。皆、顔を見合わせる。中学生の女子は言った。
 「……仮に死んでいるとして、私たちはどうすればいいの?」
 「そんなの考える必要ないんじゃね?現にこうやって生きているし」
 中学生の男子は、ニカッと笑った。そして謎のポーズを決める。
 「だが俺はあえて言おう」
 そして中学生の女子に向かって宣言した。
 「お前はすでに死んでいる!」
 「……何度もうるせぇよ」
 小学生の男の子が突っ込んだ。だが中学生の女子は考えていた。
 「青い光が見えて、何か凄く痛くて、苦しい思いをした気がするのよ」
 中学生の女子が、苦悶の表情を浮かべた。一瞬、赤黒く染まる。
 「ああ、もう、思考がループする。この話はやめよう」
 突如、赤と黄色の防護服を着た大人が二人、教室に入って来た。
 子供たちは一体何事かと、おしゃべりを中断した。
 その宇宙服のような防護服を着た男は、教室を指差し確認をする。
 「……生存者なし、遺体なし」
 化学防護服に似ている。消防隊か?子供たちは目を輝かせた。
 「生存者なし、遺体なし」
 もう一人の男も復唱して、バインダーにチェックを入れた。
 「ねぇ、おじさん!どうしたの?何かあったの?」
 小学生の男の子が、二人の大人に明るく声を掛けた。
 だが二人の大人は、無愛想に、スタスタと出て行こうとする。
 その時、小学生の女の子が、笑顔でカーテンをさーっと引いた。
 「!?」
 二人の大人は驚いて、立ち止まった。慌てて周囲を見回している。
 防護服を着た男は、窓に近づくと、カーテンを確かめた。
 窓は開いていない。だがその時、バッターン!と机が倒れた。
 中学生の男子が思い切って、倒したのだ。笑顔だ。
 もう一人の大人は死ぬほど驚いて、飛び上がっていた。
 何もないのに、間近で倒れたのだ。心臓に悪い。
 くすくすと子供たちが笑っている。
 小学生の男の子も、女の子も笑っている。
 中学生の男子も、女子も笑っている。
 ――くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす。
 ただ幼稚園の子だけ、笑っていなかった。ただ見ている。
 その目はどこまでも黒くて、真実だけを映していた。
 教室は、子供たちの明るい笑い声で満ちていた。
 防護服を着た男たちは、只ならぬ気配を感じたのか、うろたえていた。
 「ねぇ、おじさん、遊ぼうよ」
 小学生の男の子が、防護服を着た男に話し掛けた。
 その防護服を着た男は、悲鳴を上げて、全力で逃げ出した。
 もう一人の男も、バインダーを投げ出して、教室から飛び出した。
 「あーあ、逃げちゃった。どうして大人はああなの?」
 小学生の女の子が、詰まらなそうにそう言った。
 「……何をチェックしていたんだろう?」
 中学生の女子が、裏返ったバインダーを手で拾おうとした。
 だが上手く掴めない。バインダーが掴めない。あれ?
 「何やってるんだよ」
 中学生の男子も拾おうとした。ダメだ。
 だが一瞬掴めて、バインダーがひっくり返って、表側になった。
 英語の文字列がダーッと見えた。右上にNATOのマークがある。
 neutronとかnukedとか、よく分からない英単語が並んでいた。
 「……まぁ、いっか」
 中学生の男子は、すぐにバインダーから関心を失った。
 子供たちは、大人たちがいなくなっても、いつまでも遊び続けた。
 それは遊び場、子供たちの夢だった。終わりがない。無限ループだ。
 黄昏時の教室に、いつまでも家に帰らず、遊んでいる子供たちだ。
 やがて陽が落ちて、教室が暗くなる。だが電気は点かない。
 夜の教室に、いつまでも、いつまでも、子供たちの声が響いていた。

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード95

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