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『やせたい人は食べなさい』

もしも、この本に出会っていなかったら、あの頃の私はどうなっていただろう。そう思う本との出会があるだろうか。私は、ダイエットコーナーに置かれていた一冊の本の背表紙が今も忘れられない。

多様化の時代と言われ始めてしばらく経つが、ダイエットも多様化している。数十年前、私が10代の頃は、ダイエットと言えば「痩せること」を意味していたはずだ。現在は、タンパク質摂取の重要性、適度な運動、体幹の鍛え方、美のためのそういった情報が、いつでも手に入り、物も場所も選択肢がたくさんある。

10代後半から20代の頃、と言ったら、まだまだ食べ盛り、ピチピチとした肌が眩しい年頃だ。
でも当の本人には、その美しさがわからない。手に入れたくても、二度と手に入れられないものを、粗末に扱っていたのだと、今になってわかる。

その頃の私は、痩せればいいことが起きる、と思っていた。相思相愛の彼氏ができると思っていた。繊細な思春期の頃、好きな人には好かれないのに、どうして興味がない人からは好かれるのか訳がわからず、自分の願いが叶わない理由のひとつが体型だと思っていた。

客観的に見ても、私は決して太り過ぎていたわけではない。ふっくらしていたが、いわゆる標準体型のゾーンの中の、そのまた平均よりやや上あたり、気にすることはないのだ。それなのに、うまくいかないことを外見のせいにしていた。

大学が決まり、実家を離れる事になって、今こそ痩せるチャンスだ、と私は思っていた。自炊すれば、食事を思うようにコントロールできる、それが嬉しかった。とにかく、カロリー摂取量を減らしたかった私は、まず食品のカロリー図鑑を買った。今思い出してもそれは、カロリーを知るにはすごく便利な本だった。80カロリーに値する量が、食材ごとに写真で表示されているので、ひと目で食べる量を決められるのだ。

ほとんど、ご飯(お米)は食べず、カロリーが少ないキノコやコンニャク、野菜を食べていた。当然、摂取カロリーが少なくなり、望んでいた通り、私は痩せていった。当時、銭湯に通っていたのだが、番台の女将さんに「お姉ちゃん、病気をしたの?」と心配されたほどだ。それでも私は、それが危険な状態であることに気づかなかった。生理の間隔が2ヶ月、3ヶ月と開き、血液の量が次第に少なくなり、いつしか全く来なくなって半年くらい経った頃だろうか。その時私は初めて、目が覚めた。身体に異変が起きている、と。

数十年前の当時の情報源は本だった。夏休みで帰省していた私は、かつてカロリー図鑑を買った本屋にいた。そして、健康・ダイエットコーナーの前に佇んでいた。そこで見つけたのが、鈴木その子さんの『やせたい人は食べなさい』だった。

痩せたいなら食べてはいけない、と信じていた私には、そのタイトルがひときわ目立って目に入ってきた。本には、拒食症が原因で息子さんをなくした母親の悲しみや後悔が書かれていた。食べ方を間違えたら命を落とす事になる。今の自分の身体に起こっている変化は、体からの危険信号だと、その時やっとわかったのだ。『やせたいならば、ご飯(お米)をしっかり食べなさい』人間の体にとって糖質が如何に大切なのかが、栄養学の観点から述べられていた。

本を読み終え、実家の食卓に座って私は、やっと、1年半ぶりに安心してお米を口にした。自分では精神的に異常が起きているなどとは気づいていなかったが、私は食べることに恐怖を感じ、食べることはいけないことだと思い始めていたのだ。口の中に広がる甘み、鼻から温かく抜ける炊き立てのお米の香りを感じながら、頑なに拒んでいたものがほどけていった。

こうして1ヶ月近く実家で過ごしたあと、大学でのキャンパス生活が再び始まった。相思相愛の彼ができたのは、その頃だった。



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