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アメリカの解雇法制~アメリカでは本当に解雇は自由なのか?~

こんにちは、Mick Kimiyaです。
ときおり、日本の労働法は海外と比べて労働者保護が強く、会社にとって厳しい制度になっている、特にアメリカでは日本と違っていつでも自由に解雇できるんだ、といった話が持ち上がることがあります。しかし、それは本当でしょうか?
答えは、Yes and Noです。

確かに日本の労働法上、従業員を解雇するためには厳しい要件があります。日本の会社が従業員を解雇したところ、解雇された従業員から訴えられた、というケースはよくあります。それに対して、アメリカでは、雇用契約はat-will employment(任意雇用)という形式になっています。これは、いつでも、会社・従業員のいずれの側からでも、理由なく、雇用契約を終了できるという意味です。

それじゃあ、解雇だって自由なんだから、紛争にはならないね、と思うかもしれません。日本ではそのように理解されている方が多いです。しかし、現実は異なります。むしろ、アメリカでの解雇を巡る紛争は日本よりも多いのです。それはなぜでしょうか?


1. At-will employmentの原則と、その「例外」

At-willというのは、任意とか随意といった意味です。アメリカの雇用契約は、雇用者・被用者のどちらからでも、いつでも、いかなる理由でも、理由がなくても自由に解約できるという契約なのが原則です。

しかし、これには重大な「例外」があります。連邦法上の主たる例外は、①Discrimination(差別)と、②Retalitation(報復)です。つまり、差別や報復を理由とした解雇は禁止されています。

アメリカの場合、この差別や報復を理由とした主張が非常に多いのです。Equial Employment Opportunity Commission(EEOC)という連邦政府機関の統計によれば、2022年には合計で73,485件の申立てが行われています(https://www.eeoc.gov/office-general-counsel-fiscal-year-2022-annual-report)。日本における労働審判の数と比べてもとても多いのが分かります。アメリカの大手企業の多くは、差別を理由とした労働紛争を抱えていると言っても過言ではありません。

出典: EEOC 2022 Annual Performance Report (APR)

※なお、これらの雇用差別禁止規定は、連邦法では15名以上の従業員を雇用する場合、カリフォルニア州法では5名以上の従業員を雇用する場合に適用されます(ハラスメント関連規制については人数制限はありません)。

※今回の記事は①の差別に焦点を当てています。②の報復についても、最近のカリフォルニア州法の改正と関係し、重要な点ですので、別の機会にご説明します。

3. よく主張される根拠

具体的な主張の根拠を見てみましょう。下のグラフのとおり、性別(49.5%)、報復(35.2%)、障がい(29.7%)、人種(18.7%)などが多くなっていますね。

出典: The EEOC's 2022 Charges and Trends


3. 差別の立証は思ったよりも簡単

多くの方は、日本の感覚だと、「解雇の理由は差別じゃない」「人種や年齢を理由として差別なんかするわけない」と思うでしょう。そして、差別によって解雇したことを原告(従業員)側が立証することなど不可能だ、と考えると思います。

しかし、アメリカの雇用訴訟では、原告(従業員)側が一定の事項を立証すると、差別が推定されてしまい、雇用者側が「解雇は差別を理由としたものではないこと」を立証しなければならないこととされています。

その一定の事項とは州法によっても異なるのですが、一般的には非常にゆるやかな要件で、簡単に立証することができます。とすると、雇用者側で、例えば、「差別をしたわけではなく、この人に求められる能力が●●であったにもかかわらず、人事評価で●●しかできていないと評価されたことから、解雇されたのだ」といった理由を立証しなければならないわけです。

これは、普段から意識していないと、立証するのは非常に難しいと思います。

4. 米国で従業員を採用・解雇するときは、くれぐれも慎重に

このようにアメリカの解雇法制は、At-willでいつでも解雇できるという仮面を被りつつ、実は差別の主張が非常にしやすくなっているという罠があるのです。

ある統計では、なんと、アメリカの従業員のうち、55%が現在の職場で差別を経験したと回答しており、さらに、他の人が差別されているのを目撃したことがあると回答した人は61%にのぼっています(https://www.nasdaq.com/articles/6-statistics-to-better-understand-the-extent-of-discrimination-in-the-workplace)。この中には、雇用者側は意図していないケースも少なくないと思います。

実際、日系企業の米国子会社の場合には、日本人の従業員と現地採用の従業員で、同じ職種であるにも関わらず給与を低く設定していたりするケースもあり、これが訴訟や申立ての原因となっています。

さらに、アメリカにはクラスアクションもありますので、多くの従業員を抱える場合には、支払額が莫大になる可能性があります。

特にアメリカで現地採用を行う場合には、日本の感覚以上に、普段から差別に気をつける必要があります。

ちなみに、アメリカの労働法は、差別禁止のほかにも給与、勤務時間、休憩時間などの労働条件に対する規制も厳しく、特にカリフォルニア州は全米でもリベラルな州であり、カリフォルニア州法は労働者の権利保護の色合いがとても強いです。また、残業代等の規制が適用されない日本でいう「管理監督者」の概念(アメリカではexemptといいます)についても、日本よりも厳格に適用されています。さらに、アメリカの労働法(特に州法)は、毎年改正が行われ、細かな点まで含めて法改正への対応が随時必要になってきます。

というわけで、日本よりも「ユルい」と一概には言えず、むしろ厳格なことも多いアメリカの労働法でした。
差別禁止以外の事項についても、少しずつ解説していこうと思います。

Mick


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