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短編小説『揺蕩うヨゾラ、そして漣。』


「おい相沢!まだ1周目だぞ〜」

背後から柊先輩の声が飛んできた。体力オバケかよ、と息を振り絞って心で嘆く。
一瞬俯き、顔を上げると、先輩はもうあんなところまで走っていた。



入部してはや7ヶ月近く経ったが、この部活のこの基礎トレだけは、否が応でも逃げ出したくなる。アップとして学校の周りを5周。その後、校庭の隅っこにある雲梯で筋トレ、体幹トレーニング。間髪入れずに仕上げのインターバル走3周。

.. ..しぃーち、..じゅうはぁち ごじゅうきゅー、よんぷーん。

あと、2周。
心臓の昂りを抑えることは、もう、できない。外気とはまた違う要因で、顔が青白くなっていくのを感じる。

呼吸が重い。喉元から、ゼーゼーと音が出始めた。息を吐くことすらままならない。

胸がくるしい。まるで、胸骨を蛇に締め付けられているみたいだ。

あぁ、もう、限界だ。

学校の敷地外、交通量の少ない道路で僕は、倒れ込んでしまった。




持病の喘息がインターバル走に誘発され、保健室へと運ばれた。
顧問の肩に腕をかけ、「大丈夫か」と声をかけられ、昇降口2段目の階段に足をかけ、やっとの思いで、保健室のソファーに腰をかけた。


「落ち着いたらそのまま帰っていいよ」
そう言い残し、顧問は出口にそそくさと足を運ぶ。なぜかちょっぴり悲しくなった。保健室の出口へと向かう後ろ姿を見つめていると、心臓が爪楊枝で刺されるように、チクッとした。

「南雲先生、あとはお願いします。」
軽いお辞儀をした後、横開きのドアをガラリと豪快に開け、顧問はついに出て行ってしまった。


しばらく楽な姿勢で、ソファーに座っていた。


以前も基礎トレ中に軽度の喘息を起こしたが、保健室には行かなかった。というよりは行きたくなかった。が、今日ここに来ようと思えたのにはちょっぴり訳がある。

高校生になって初めての保健室。喘息とはまた違う息苦しさを感じる。とともに、放課後と保健室という空間が相まって、心の隅っこでノスタルジックな気分に陥った。


したい事がないなら、一応は勉強したら?


保健室に来ると、この記憶が誘発される。だから、保健室に向かおうと思っても一歩目が出なかった。


でも意外と、なんともないな。

そう、それは受験期真っ只中の1月。中学3年生の1月。思えばちょうど1年前だったか、僕は度重なる勉強のストレスと、身体的、精神的な体力不足により、高熱を出した。勉強は得意ではないが、空っぽな自分から抜け出したくて、ただ闇雲に勉強をしていた。


うん、やっぱりなんともない。
恐怖の感情は全て「わからない」から生じるんだな、と1人で納得した。


保健室に来てから15分ほど経っただろうか。壁掛け時計を見ると時刻は6時15分を回っていた。外はもう真っ暗だ。


よし。
呼吸が整った。

偶発的な出来事だったが、今日保健室に行こうと決意したのには理由がある。

「あの、南雲先生」

保健室の先生の名前。南雲妃那先生だ。職員紹介のチラシを配られたときに、朗らかで優しそうなショートカットの女性が目に止まった。印象的だったので顔と名前を頭の片隅に残っていたが、まさか保健の先生だったとは。今日偶然出会えたことで名前を思い出した。

「んー?どうした?」

「ちょっと相談があって、」
南雲先生は少し微笑み、無言で頷く。

「悩み事というか、将来のことについてなんですけど。」

「うん。聞かせて」
なんだ、この包容感は。 

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「なんでもできる人ってのは、実は何もできない人なんだ。可能性に溢れることは素敵だけれど、結局最後は捨てる勇気が大切なの。」

僕には言ってる意味が微塵もわからなかった。それはそうだ、なんの取り柄もない空っぽな存在がなんでもできる人の考えなんて分かりっこないんだから。

「そうなんですね」
こう返答するしか無かった。

「相沢くんは、夢、あるの?」

僕にだって夢ぐらいあるさ。



あるけど、



「ないですかねー、」
僕なんか叶えられるわけがない。

「そっかー、」
南雲先生はそれ以上何も言わなかった。

沈黙の空気にウソが澱み、さっきまでの居心地の良さが一気に姿を消した。
居ても立っても居られなくなった僕は、

「僕、そろそろ帰りますね。」
と一言残し、そそくさと足を運んだ。

「まだゆっくりしてていいんだよ?」

「もう大丈夫です。ありがとうございます」

※以下空白



南雲先生が一言発するだけで、沈黙の澱みをぽかぽかと暖かく照らしてくれる。

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保健室の横開きドアを片手で開けると、そこには柊先輩が立っていた。

「水泳選手、諦めたの?」






自分は何がしたいか何をして生きていきたいのか迷ってる感じ!
※制作途中ですが、26日までに投稿したかったので。

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