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『東京電力の変節=最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃』を読んで


被害者を攻撃する東電

5月下旬、東京高裁で福島原発事故の避難者裁判を傍聴して驚きました。被告である東電が原告らのSNSを調べ、こんなに楽しそうに暮らしているじゃないか、賠償の必要はないでしょ、みたいな主張をしたのです。「被害者非難」「被害者バッシング」という言葉が頭に浮かびました。何も悪いことをしていないのに、当たり前の暮らしを奪われ、慣れぬ土地で慣れない暮らしを強いられている人に対して、よくこんなひどい主張ができるものだと怒りを感じました。それまでも、市民グループの通信などで、東電が福島事故の避難者に対して、原告をおとしめるがためのようなひどい反対尋問が行われているということを読んではいたのですが、実際に目の当たりにするとショックを受けました。
この本『東京電力の変節』には「心から謝罪いたします」といいながら、東電が全国の避難者裁判で「避難者攻撃」を繰り返している様子が詳細に書かれています。被害者である原告を、まるでお金欲しさに裁判している、好きで故郷に帰らないだけみたいに見せかけようとする、そういう態度がどれほど被災者の心を傷つけるか、東電はどこまでわかってやっているのでしょうか。

福島原発事故「強制終了」プログラムの罪

この本の中で、国や東電の福島原発事故の「強制終了」プログラムが避難者たちをPTSDに追い込んでいるとする研究結果を紹介しています。
普通の災害の場合はPTSDの人の割合は年々減っていくのに、福島原発事故の場合は、いったん減ったものがまた増えてきて高止まりを続けているといいます。2016年12月以降、避難解除と帰還促進がすすめられた時期と、PTSDの割合がむしろ増加に転じて、高止まりになった時期は重なっていることを明らかにしています。
「原発事故はすでに終わった出来事だと認知されるようなプロパガンダが進められ(中略)こうした社会の仕組みや構造がもたらす暴力、『構造的暴力」が、現在までふるわれ続けているため、避難者はトラウマから逃れられないのです」(辻内琢也早稲田大学教授)
また、辻内先生たちの研究では 
①「失業」していて 
②「賠償・補償に心配があり」
③原発事故の避難者・被災者・被害者であることで 「嫌な経験をした」という三つの要素が重なると、三つの要素がない人に比べて、計算上は484.4倍PTSDである可能性が高くなったそうです。
福島原発事故でそれまでの仕事ができなくなり、賠償に不安があるので裁判を起こし、その裁判で嫌な思いをした人は、PTSDになる可能性がとても高いということになります。東電、国は福島原発事故の被害者に対して福島事故「強制終了」プログラムをすすめ、裁判で嫌がらせのような尋問をしたりすることで、現在進行形で新たな精神的な被害を与えているのです。辻内教授はさらに「事故の責任の不透明さや、事故対応の遅れ、そして不十分な救済といった要因が、原発事故被災者の原発事故被災者の高いPTSD症状の要因」と指摘しています。

文書での約束を反故にした海洋放出強行

8月24日、強行された汚染水(=ALPSで処理してもまだ汚染の残る水)の海洋放出も、まさに福島事故「強制終了」プログラムの一環です。8年前、2015年8月、国と東電は「関係者の理解なくいかなる処分もしない」と文書で約束したにもかかわらず、関係者の理解も同意もないまま海洋放出に踏み切りました。海洋放出は漁業者などの事故被害者をさらに傷つけ、追い詰める行為です。

子どもたちの甲状腺がんと福島原発事故との因果関係

福島原発事故後、今年7月までに316人が甲状腺の「がん」または「がん疑い」と診断され、8割にあたる262人が甲状腺を摘出するなどの手術を行いました。通常であれば、100万人あたり年にひとりかふたりしか発症という稀少ながんです。しかし政府は福島原発事故との因果関係を認めず、「過剰検査」が原因でみつかってしまったとしています。子どもたちは裁判を提起し、原告として真実を明らかにするためにたたかっています。ところが、この裁判がマスコミで報道されることはほとんどありません。「福島原発事故のよる健康被害はない」というのが国の見解であり、それに沿った報道しかできない、一種の報道管制が行われていると痛感します。こういう圧力がますます被災者を苦しめ、追い詰めています。

「国の責任はない」という最高裁判決は誰が書いたのか

この本の後半では、2022年6月17日、東京電力福島第一原発事故国賠訴訟「国に責任はない」という判決は一体誰が書いたのかという謎に迫っています。
海渡雄一弁護士によれば「最高裁判決は実質判断部分はたったの4頁しかない。法令の解釈基準もなければ最大の焦点であった地震調査研究推進本部の『長期評価』に対する判断も欠落」しているとのことです。
一方この判決に付けられた三浦守判事の「国に責任がある」という反対意見は20頁を超えていて、あきらかに文体が違うと海渡弁護士はいいます。全体的には判決文のような体裁で「国に責任がある」ことを冷静かつ論理的に立証しています。しかし項目の最後に個人的な思いが述べられ、そこには国の責任を認めない判決本文への強烈な批判が込められているとのことです。
=生存を基礎とする人格権は、憲法が保障する最も重要な価値であり、これに対し重大な被害を広く及ぼしうる事業活動を行う者が、極めて高度の安全性を確保する義務を負うとともに、国がその義務の適切な履行を確保するため必要な規制を行うことは当然である=
海渡弁護士は、三浦反対意見のこの部分は『樋口判決』と同じで、これは三浦判事が書いたものと推理しています。(樋口判決については*1参照)
また結果回避可能性について
=「想定外」という言葉によって、全ての想定がなかったことになるものではない。・・・保安院及び東京電力が法令に従って真摯な検討を行っていれば適切な対応をとることができ、それによって本件事故を回避できた可能性が高い。本件地震や本件津波の規模等にとらわれて、問題を見失ってはならない=
この三浦反対意見の主張は判決本文への鋭い反論となっており、これも三浦判事が書いたものだろうと推理しています。
三浦反対意見はその完成度、文体などから主に調査官が書いたもので、その全体構造を壊さないよう項目ごとに三浦裁判官が自分の意見を追加した。一方判決となった多数意見は「国に責任がある」という「結論」をひっくり返すために不慣れな裁判官がやっつけ仕事で書いたものというのが海渡弁護士の推理です。

最高裁判事をとりまく人脈

では、調査官が用意した「国に責任がある」という判決文は、なぜ「責任がない」に覆されてしまったのでしょうか。その謎を解くべく、この本は日本の司法をめぐる人脈を明らかにしています。この最高裁判決を出した最高裁判事の出身や人脈のつながりの広さに驚かされます。
たとえば、この本では規制庁の職員だった前田氏が辞めたとたん、弁護士になって東電の弁護をしていることを明らかにして、問題だとしています。前田弁護士は規制庁に入局する前に、産業再生機構の仕事をしていて、その後東電の会長になった下河辺弁護士、現在東電の社外取締役の大西弁護士とも一緒に働いていたことを明らかにしています。
西村あさひ法律事務所、長島・大野・常松法律事務所、TMI総合法律事務所といった大手法律事務所と政府官僚や財界とのつながりは想像以上のものでした。詳細は、ぜひこの本を手に取って読んでみてください。

福島事故をなかったことにさせない

福島原発事故から12年半。事故をなかったことにしようとする政府、東電の圧力で、司法さえ歪められています。政府、東電のすすめる「強制終了」プログラムによる「構造的暴力」によって、被災者は更なる被害を受け、追い詰められています。福島原発事故の責任をとらず、原発依存、原発安全神話を復活させた日本政府。柏崎刈羽原発の再稼働も海洋放出も許されないと改めて思います。

『東京電力の変節』
最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃

後藤秀典著 旬報社刊 1650円(税込)

*1 『樋口判決』
2014年5月21日に福井地裁、樋口英明裁判長が大飯原発3、4号機の運転を差し止めた判決。
大飯原発3,4号機運転差止請求事件 判決要旨

https://adieunpp.com/download&lnk/140521judgesumm.pdf

被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の 生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないこ とであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、こ れを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが 国富の喪失であると当裁判所は考えている。

*2 三浦反対意見の詳しい分析は以下にあります。

*3「子ども甲状腺がん裁判」の第9回口頭弁論は3月6日(水)午後2時から東京地裁103号法廷です。支援などの詳細は以下のHPにありますのでぜひご覧ください。

*4 福島原発事故刑事事件 上告審 
「東京電力と利害関係がある」 旧経営陣の上告審、草野耕一裁判官を外すよう被害者参加代理人が要求 東京新聞

*5 福島原発事故刑事訴訟支援団から署名のお願い

*6 2024年2月11日 
最高裁判事や規制庁職員が東電側代理人等の事務所に!~2・11「大手法律事務所に支配される最高裁!東電刑事裁判で改めて問われる司法の独立」東京集会 ―講演:後藤秀典氏の 動画です。この本の後も取材を続けて、もっと深刻な司法と国の規制側や東電との癒着の現実がわかります。

*7 タイトルの字をずっと間違えていました。変「説」ではなく変「節」でした。申し訳ありません!!

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