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『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』を読んで

著者は島崎邦彦氏。1995年から2012年まで政府の地震調査研究本部の長期評価部会会長。原子力の推進と規制の分離のために福島原発事故後新設された原子力規制委員会の委員長代理を2012年から2014年まで務めました。


3.11の大津波は人災だった

2002年7月、島崎さんたち地震調査研究本部(地震本部)は「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)をとりまとめ、「日本海溝沿いの三陸沖から房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」と警告しました。
「福島原発が危険だということは3.11大津波の9年前、すでにわかっていた。われわれ専門家も警告したし、保安院も津波の計算を要求した。しかし東京電力はまっとうな対策をとらなかった。わたしは地震学の専門家として3.11大津波は人災だったと思う」という告発の書です。

福島原発が津波に弱いことはわかっていた

1997年3月「太平洋太平洋沿岸部津波防災計画手法調査報告書」いわゆる「四省庁報告書」というものが出て、福島原発が津波に弱いことがわかりました。電力会社は身内と忖度する専門家で形成された「土木学会」に検討を委託。2002年に土木学会は「津波評価技術」を出版、「記録に残っている過去の津波高さに備えればいい」ことにしたのです。
「長期評価」が2002年7月に発表され、保安院からこれを用いて津波高さを計算するようにいわれても、東京電力はこの「津波評価技術」を盾に要求をけりました。

東電は15.7mの津波がくることを試算していた

しかし、このまま保安院からの要求を放置するわけにもいきません。福島沖に津波地震がくるという想定で、東電はこっそり津波高さの計算を依頼しました。2008年3月、福島沖の津波高さが15.7mになるという試算結果が東電に届きます。この試算結果は皮肉にも実際に福島原発を襲った3.11の大津波とほぼ同じ高さでした。この試算結果が出る前には、東電は出された試算結果に基づき津波対策を行う方向で動いていました。しかし津波高さ試算の数字が予想以上に大きくて、対策を先延ばしすることに方針を転換します。2008年7月、武藤原子力立地本部副部長は、突然「土木学会」に研究を委託することを担当社員らに伝えます。

東電による専門家への根回し

この本には東電による先送りのための専門家への根回しの様子が実名をあげて具体的に書かれています。
東電は土木学会への研究委託で時間稼ぎをしますが、津波対策をするために時間を稼いだのではありません。「長期評価」の信頼性をおとしめ、福島沖には大きな津波が来ないという「証拠」をみつけるための時間稼ぎでした。福島原発が全国で一番津波に弱く、津波対策が必要な原発であることはわかっていたのに。

警告をないがしろにされた怒り

2011年3月11日の二日前には「長期評価」第2版を発表する予定でしたが、電力会社から横槍がはいります。3月3日「長期評価」担当の文科省事務局と電力各社との秘密会合が開かれ、「長期評価」第二版を書き直すことが決まり、発表は延期されました。もし予定通り「長期評価」第2版が発表されていれば、救われた命があったのではないか。
それなのに、あの3.11大津波は「想定外」だったとして責任逃れをする東電、国への島崎さんの怒りが伝わってきます。

いまも状況は変わっていない

残念ながら、岸田政権は昨年秋、原発推進に方向転換してしまいました。原子力規制庁の職員は推進側の経済産業省と秘密会合をもち、資料を地下鉄の駅で渡すなんていうスパイ映画もどきのことをしてまで、原発は原則として40年運転という文言を法律の条文からはずすことに成功しました。
原発再稼働が最優先、原子力ムラは復活、再び「規制の虜」状態になりつつあります。福島原発事故は忘れ去られてしまったのでしょうか。そんな今だからこそ、この本が多くの人に読まれることを願わずにはいられません。

勝俣東電社長が島崎さんの講演会にきていた

この本を読んで一番驚いたのは、2009年12月「地震予測の現状とその後」という島崎さんの講演会に当時東電社長の勝俣氏が聞きにきて、名刺を渡して帰ったという話です。
福島原発事故の刑事裁判でも、13兆円の賠償命令が出された東電株主代表訴訟でも、勝俣氏は15.7mの津波高さの試算や土木学会への研究委託の決定についても「何も知らない」、「わからない」、「原子力本部にまかせていた」と繰り返し証言しています。「長期評価」については「吉田(当時原子力施設管理部長、事故当時福島原発所長)が懐疑的に発言していた」と証言しました。何も覚えていない中で「長期評価は懐疑的だ」という吉田氏の発言だけはなぜか覚えているのでした。
この本の中で島崎さんは(自分の話をきけば)「福島県沖で間違いなく津波地震がおきることがわかったはずだ。勝俣さんは内心困ったとおもったのではないだろうか」と書いています。もし勝俣氏がこの時本当に困ったのだとしたら、それは大津波が来るからではなく、島崎さんを東電に都合のいい発言をしてくれる専門家として取り込むのは無理だと思ったからではないかと私は邪推しています。

安全意識や責任感が根本的に欠如していた東電元役員

最後に昨年7月、東電元役員らに13兆円を超える支払いを命じた東電株主代表訴訟の判決要旨から抜き書きします。
「いかにできるだけ現状維持できるか、そのために、有識者の意見のうち都合の良い部分をいかにして利用し、また、都合の悪い部分をいかにして無視ないし顕在化しないようにするかということに腐心してきたことが浮き彫りとなる。そして、そのように保安院等と折衝をしてきた津波対策の担当部署でさえもが、もはや現状維持ができないとして、本格的に津波対策を講ずることを具申しても、被告らにおいては、担当部署の意見を容れることなく、さらに自分たちがその審議に実質的に関与することができる外部の団体を用いて波源等の検討を続けることにした上、その間、一切の津波対策を講じなかったものである。このような被告らの判断及び対応は、当時の東京電力の内部では、いわば当たり前で合理的ともいい得るような行動であったのかもしれないが、原子力事業者及びその取締役として、本件事故の前後で変わることなく求められている安全意識や責任感が、根本的に欠如していたものといわざるを得ない」
2022年7月13日判決要旨から
東京地裁 民事第8部 
裁判長裁判官朝倉佳秀 裁判官丹下将克 裁判官川村久美子

東電株主代表訴訟控訴審、第3回は2024年2月28日(水)13時半から、東京高裁101号法廷です。 
(11月1日の簡単な感想;まったく同じ証拠をもとに正反対の主張をする東電側と原告側代理人。もちろん原告側代理人の主張が論理的に正しい!)

『3.11 大津波の対策を邪魔した男たち』 島崎邦彦著 青志社 1540円


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