Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−10

フリーダ・ポボルスキー、年齢は私と同じ23歳。独身。
国立宮廷行政学院で地理学を専攻し、今年から枢密院秘書課に配属された女性だ。
「おはよう、フリーダ。とりあえずコーヒー飲もうか」
と声をかけ、レジカウンターに移動しようとする。
だが彼女は素早く私の前に動くと、丸い目を細くした……かなり怒っている証拠だ。
「ねえマリナ、今朝何があった?」フリーダは、上目遣いで私を見る。
「なにもないって」慌てて、私は左右に首を振った。
「嘘」彼女はそう呟くと、私の右手甲をつねる動作をする。
「私、あなたと約束を3つしているよね。言ってみなさいよ」
「ねえ、それ今言わなければダメかな……」
それが彼女の気に障ったのだろう。今度は、右手の甲に軽くだが、爪を立てた。当人は軽くしているつもりなのだろうが、やられたこちらとしては、それなりに痛い。
「私の言っていること、理解できないようね」顔を赤くして詰め寄るフリーダ。
「嘘を吐かない、つまらない駆け引きは絶対にしない……」
「あとひとつは?」
「……隠し事はしない……」
ふ──っ、と彼女はこれ見よがしに、長いため息をついた。
「なのに……なのに……」彼女は、声を震わせる。
「どうして、私に隠し事をするの……」フリーダはそう言うと、おでこを私のおでこにぶつけた。その姿勢のまま彼女は、両腕を私の背中に回す。
お客さんが大勢いるとは言え、うら若き女性がお互いに抱き合っているのは、かなり目立つ。しかも今は通勤前の時間だ。お客様にあらぬ疑いをかけられるのではないかと、心配になってくる。
「悪かったわよ。ごめん、謝る。でもここじゃお客様の邪魔だから、場所を変えよう」
「じゃあ、4階のいつもの場所に移動しようか」フリーダは、仏頂面で答える。
レジカウンターに移動して数分後、私たちの順番になった。
「なんにしようかな?」と私が言うと、「これどうかな?」とフリーダが立体メニューの画面を指で指したのは、太く赤い文字で「新発売!!」という言葉が踊った、新しいメニューの画像だ。
「これをグアテマラセットでください」フリーダが注文したのは、ミートパイとグアテマラコーヒーのセットだ。さっぱり味のグアテマラコーヒーは、こってりした肉料理とは相性がよい。
「またそんな、朝からそんな重たーいものを……朝はなにも食べなかったの?」
「もちろん食べましたわよ、姫様。でもこれは別腹なのよ」へっへっとにやけた表情を見せるフリーダ。パイ料理はフリーダの大好物で、およそ「パイ」と名のつくメニューは、片っ端から口にする。
「太るわよ」私が言うと、フリーダは口を真一文字に結び、私の脇腹にパンチを入れるまねをする。
私がメニューを見ていると「さっさと決めなさいよ」と、フリーダが煽る。
私は思いつくままに、ブルーベリーパイの紅茶セットを注文した。銘柄はダージリンだ。
「さて、いこうか」私たち2人はトレーを持ちながら、階段で4階席に向かった。
「よっこいしょっと」
「どっこいしょっと」
2人は向かい合って、椅子に座る。
この店の3階と4階は平日の9:30~閉店時まで、テーブルとテーブルの間をパーティションで仕切る構造だ。それが混雑対策のためであるある事は、いうまでもない。店内は全席禁煙なので、喘息持ちの私にはありがたい。
「さて、と。話の続きをしようか、マリナ」
フリーダは、先ほどよりも目を細くして、私を見据えた。
「さっき私がマリナに『嘘』と言った理由、わかっているわよね?」
ブルーベリーパイを一口かじり、それをダージリンで飲み下してから、私は口を開いた。
パイを囓りながら会話するのは、およそうら若き女性皇族に相応しくない芸当だ。
「さあ……」
話の中身がわからず困惑する私に、フリーダは、眉と口端を同時につり上げて、大声を出した。
「真面目に答えなさいよ!」
「そんなに怒鳴らないでよ。周りの客が見ているわよ」
なだめすかせる口調でフリーダに返事をすると、彼女は両腕を胸の前で交差させた。
改めて私は、フリーダの服装を見る。今日着ている服はえんじ色のロンパースで、襟の形はジュエルネックだ。ワンピースをあまり着ない彼女には、珍しい格好である。上にブレザーを羽織り、レギンスをはいている。色はどちらも紺色だ。
「その格好、珍しいね。今日はデート?」
「話を逸らさないで。人の質問にちゃんと答えて」フリーダは、ますます顔が赤くなる。
「……わかりません」
「あっそ」怒りを押し殺すような声で、フリーダが答える。
「キャサリンとどんな話をしたの?」
「それが、フリーダとどんな関係があるの?」
「さっきね、キャサリンから私にメールが来た」
「どんな内容?」
「昨晩マリナが使ったと思われる、ワイングラスの解析結果が出たって」

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