Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−11

「メールの内容は?」冷たい汗が、背中を流れるのがわかる。
「あなたのコップを、簡易鑑定キットで検査したらしいの」
「どんな結果だったの?」
「ごくわずかだけど、睡眠薬の成分が検出されたって。で、詳しい検査をするためにキャサリンは、そのワイングラスを別部署に持参するそうよ」
「……」ショックのあまり黙り込む私。
「これでわかったでしょ? あなたがバスルームで溺死しかけたのは、過労のせいでも寝不足が原因でもない。それらに見せかけて、マリナを消すために誰かが仕掛けたのよ」
グイッ、グイッとグアテマラを飲み込むフリーダ。手にしたミートパイも、残りわずかだ。
「でも、なんのために? 私は、なにか恨みを買うことはした覚えはないわよ」
私もフリーダのペースに合わせて、ブルーベリーパイを囓り、ダージリンを飲む。
「ねえマリナ、あなたは今朝、自分が何をされたのかわかってる?」
まだ事態が把握できない私は、何と返事したらいいのかわからない。
しばらく私は、膝の上に視線を落としていた。
このまま黙っていても、事態は動かない。気力を振り絞って、私は口を開いた。
「今朝の話、キャサリンから聞いたのね?」
「そうよ。だからマリナに尋ねているんでしょ? 敵のターゲットはあなたよ」
そう言いながら、右足のつま先をトントンと叩くキャサリン。かなりイライラがたまっていることは、鈍感な私にもわかる。
「キャサリン以外に、このことを話した人間はいる?」
フリーダの質問に、私は首を横に振った。今朝私の身に起こった事は、オルガにもルイーゼにも話していない。
「あなた、自覚ないでしょ?」
「失礼ね。皇族として、将来国をしょって立つ自覚はあるから」
「私が知りたいのは、もう一つのほうよ。わかっている?」
フリーダにそう指摘され、私は返答に窮した。
「あなたが、真っ当な見識を持ち合わせている皇族だということに異存はない。でもね……」彼女はミートパイを囓ると、それをグアテマラで流し込んだ。
「私たちが国家情報機関に所属し、お互い幹部として関わっていることよ。そのことを知っている敵が、屋敷にいたら?」
見下す口調で、私に声をかけるフリーダ。
その機関とは王室平和秘密情報調査室、略称FGIKF(フギクフ)。我が国にある諜報機関の一つで、表向きは反帝政(もっとも、政治的な最高権力者は三権の長だが)、皇室制度廃止、貴族打倒を主張する団体の取締と弾圧の役目を担う。
だがこの組織の本当の目的は、国内外の市民団体や各種NGOと連携・協力し、国内外の犯罪・暴力組織、難民排斥や人種差別を煽る組織とその支援者、これらを経済的に支える企業並びに経済団体の動向調査を行うことだ。もちろん展開によっては、武器を用いての殲滅工作の実行も厭わない。
現在我が国には、諜報を目的とした機関はいくつか存在する。しかし市民サイドの立場で、秘密工作や諜報活動を行う情報機関は、我々が所属するFGIKFだけだ。私はFGIKFの№.2である次官、フリーダは№.3の審議官として、各部門のとりまとめ役を担う。
2人とも友人や家族には、FGIKFメンバーである事を隠している。諜報機関員としては、当然のことだ。
私は、各部門が起案した作戦の命令指示と結果報告を受けるだけで、作戦の進捗状況を把握しているのは、№.3のフリーダだ。上層部への報告に関することは、すべて彼女が判断している。もちろん想定外の事態が起こった時は、組織のトップである調査室長と私、フリーダ、各部門のトップが相談して決める。
フリーダが私に、キャサリンからのメールを見せなかったのは、機密漏洩を防ぐためだ。そしてこういう話をする場合、あえて周囲が喧しい空間を選ぶ。これは、諜報機関員の間で常識である。それは、私たちが話した内容を第三者が耳にして、それを敵勢力に伝えても、周囲の雑音が大きいから聞き違えをしたのだと主張して、話をうやむやにするためだ。もちろんその第三者と敵勢力には、あとできっちりと代償を払ってもらうが。
それはそうと、フリーダにあんなことを言われておめおめと引き下がるのは、№.2としては我慢ならない。
「そりゃ私だって、とりあえずはFGIKF幹部という自覚はあるわよ」
「じゃあ、そのように振る舞ってよ」フリーダはムッとして答えた。
「自分の行動や言動に、細心の注意を払ってよ。ハラハラしているのは、私やキャサリンだけじゃないからね。情報機関の幹部として、あなたはあまりにも頼りないしわきも甘い」
フリーダはここ最近、事あるごとに私に対して、激烈な態度をとることが多い。彼女がそういう態度を取る対象は私だけなので、他人にフリーダが激昂していたと話しても、なかなか理解してもらえない。
「ずいぶんなことを言ってくれるわね、フリーダ」

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