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近年における「ヘイトクライム」の現状とその課題ーー求められる反差別法の整備ーー

M-netの2024年2月号の第二特集は「ヘイトクライム」です。noteでは瀧大知さんの記事を紹介します。M-net本誌では、本特集の記事が他に4本掲載されています。本号全体の目次と購入方法はページ末尾のリンクをご覧ください。(編集記)

近年における「ヘイトクライム」の現状とその課題——求められる反差別法の整備

外国人人権法連絡会/市民セクター政策機構・客員研究員瀧大知

昨今、国内でも外国人/民族的マイノリティに対する「ヘイトクライム」(差別的動機に基づく犯罪)が頻発している。特に直近の事件は様々な面で今日的な社会状況を表象している。本稿では主に2020年以降におけるヘイトクライムの実態と特徴、そして筆者が所属する「外国人人権法連絡会」(以下、「連絡会」)の取り組みを中心に紹介しつつ現状と課題を報告する。

20年以降に発生したヘイトクライム:事例

ここ数年、ヘイトクライムと呼べる事件が散見されている。

2020年1月、神奈川県川崎市にある多文化交流施設「川崎市ふれあい館」に在日コリアンの「抹殺」を宣言する年賀状、同月後半には館の爆破予告を含む脅迫状が届いた。2021年3月には同館館長宛てに、「死ね」と書かれた脅迫文と「コロナウイルス入り」とする開封済みの菓子袋が送られてきた。同年7〜8月には愛知の韓国民団施設や隣接の名古屋韓国学校、在日コリアンの集住地区である京都府宇治市ウトロへの連続放火事件が発生した。2022年4月にはインターナショナルスクール「コリア国際学園」(大阪府茨木市)に男性が侵入、段ボールに火をつけ、床を焼損させる事件があった。同年9月、徳島県の在日本大韓民国民団・徳島県地方本部に銃撃を示唆する脅迫状が投函された。

この他にも2022年6月、近所のダンス教室の看板を含め計9カ所に「在日korean死ね」といった落書きをしたとして、東京都豊島区在住の女性が逮捕された。9月には東京JR赤羽駅で「朝鮮人コロス会」、10月にも高崎市のJR新町駅に隣接する公衆トイレの個室に「在日かんこく人を殺す会」という落書きが確認されている。

国際情勢と連動したヘイトクライムもみられた。2020年に新型コロナウイルス感染症がパンデミック化すると、ゼロ号患者が中国武漢市でみつかったことから中国人が差別の対象にされた。横浜中華街の老舗には「中国人はゴミだ」「早く日本から出ていけ」と書かれた封書が届いた。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻後には、都内でロシア食品専門店の看板が破壊された。2022年10月には朝鮮民主主義人民共和国が弾道ミサイルを発射後、朝鮮学校の生徒が見知らぬ人から暴行を受けた。

差別/ヘイトの循環、構造化と蓋然性の高まり

以上の事例群から直ちにヘイトクライムの増加といえるのかは留保が必要である。これまでも差別に基づく事件はあった。1997年には愛知県小牧市でブラジル人の少年が属性を理由に集団リンチを受け、殺害されている。近年、個々の記者の地道な報道もあり、以前に増して差別問題に関するメディアの注目は高くなっている。すなわち今までも存在したが報道されず、社会問題にならなかったという可能性もある。

とはいえ、確実に変化はある。それがSNSをはじめとしたインターネットの影響である。ウトロ等とコリア国際学園放火事件の両犯人は動機の構成にYouTubeやYahoo!ニュースのコメント欄、Twitter(現X)の――在日コリアンに関する――ヘイト/デマが強く影響したとことを認めている。ウトロ等の放火犯は「日本のヤフコメ民にヒートアップした言動を取らせることで、問題をより深く浮き彫りにさせる目的もありました」とまで語っている(BuzzFeedNews「『ヤフコメ民をヒートアップさせたかった』在日コリアンを狙った22歳。ウトロ放火事件“ヘイトクライム”の動機とは」2022年4月15日配信)。実際、Yahoo!ニュースに掲載された同事件の記事(コメント欄)には実行犯への賛同と大量のヘイトスピーチが書き込まれた。

匿名で参加できるネット空間は手軽さも手伝い、従来は憚れてきた差別的な言動を簡単に表出できるようになった。ネット上には膨大なヘイト情報が書き込まれ、蓄積されている。これが現実社会に溢れ、先鋭化させる。ヘイトが循環、再生産される構造がある。とりわけSNSや動画サイトの普及は意図せざる結果とはいえ、「差別/ヘイトのインフラ整備」となってきた(※この点は、本誌214号の拙稿「『レイシスト生成装置』としてのインターネット」も参照)。

また、被害の前線には常に/既に在日コリアンが立たされることから分かるように、その背景には日本の植民地主義の未精算がある。さらには今後も定期的な発生が予想されているパンデミック、あるいは国際情勢の不安定化による紛争の勃発といったグローバルな展開が情報化(=差別情報の生産)と連動しつつ、ヘイトクライムの契機ともなっている。

このようにそれぞれの位相は異なるが、差別が生じる、先鋭化する要因は様々な形で生まれている。それはヘイトクライムに至る蓋然性の上昇を意味するのではないか。

求められる法整備――「過去の反省と解消の努力」はどこに?

一方、状況に比して日本政府の対応は遅れている。

国際的には地位のある公人による差別非難は常識であるが、日本は逆である。例えば、ウトロ等の事件についてメディアから問われた古川禎久法務大臣(当時)は「個別事案について、法務大臣として言及することは、差し控えたい」(2022年2月18日「法務大臣閣議後記者会見」法務省HPより)と回答するに留まった。

差別の抑止や被害救済の制度(法)も脆弱である。2016年5月に成立した「ヘイトスピーチ解消法」は禁止規定もなく、実効性が弱い。2019年12月には神奈川県川崎市でヘイトスピーチに刑事規制を設けた条例が制定されたものの、続く自治体は表れていない。深刻な「スピーチ」は「クライム」にもなるが、いずれにせよこれらの法律および条例は全てのヘイトクライムをカバーできるわけではない。

事態を鑑み、2022年4月に「連絡会」は古川法務大臣に「緊急のヘイトクライム対策を求める要望書」と「ヘイトクライム対策の提言」を提出した。同提言では、1政府によるヘイトクライム根絶宣言、2ヘイトクライム対策に関する担当部署を内閣府に設置すること、3マイノリティ当事者/専門家等による審議会の設置、4「政府言論(ガバメント・スピーチ)」、5被害者に対する支援/サポート、6加害者に対する反差別研修プログラム、7現行法による対応/人種主義的動機の量刑ガイドラインの作成、8法執行官に対する研修プログラムの策定と実施/プロジェクトチームの設置、9ヘイトクライムの捜査/公訴の提起および判決の状況に関する調査と公表、10被害通報等の容易化の体制整備、11ヘイトスピーチの禁止/制裁、12包括的な人種差別撤廃法の制定/救済手続きの設置/個人通報制度への加入を求めている(詳細は「連絡会」HPを参照)。

2023年7月、公明党のヘイトスピーチ・ヘイトクライム問題対策PTが松野博一官房長官に取り組みの強化を要請した。内容は岸田文雄首相による「ウトロ平和祈念館」などの訪問や被害者との面談/連帯の表明、対策の専門部署の設置(政府内)、省庁横断的な体制の整備、継続的な啓発の強化、早急な実態調査などである。これは「連絡会」の提言がベースとなった。しかしながら、いずれも実現していない。

そもそも人種差別撤廃条約/委員会などが求めているのは人種差別全体の禁止法であるが、政府は応じてこなかった。2022年、「連絡会」は人種差別禁止法制定を目指すために「人種等差別撤廃法モデル案」を作成した(『日本における外国人・民族的マイノリティ人権白書2022年版』所収)。現在、この改訂版を検討中である。

加えて、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は個別法だけでなく、あらゆる差別を射程に入れた「包括的反差別法」が必要という。2022年12月にはその実践ガイドを公表した(邦訳版は「反差別国際運動(IMADR)」のHPを参照)。当然、ヘイトクライムを受けるのは外国人だけに限らない。アイヌや琉球などの先住民族やLGBTQ+、障害者も同様である。2016年7月には神奈川県相模原市にある知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、26人に重軽傷を負わせた戦後最悪のヘイトクライムが起きている。

「2023年」は関東大震災における朝鮮人・中国人虐殺から100年の節目であった。2009年に内閣府「中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会」が作成した『1923関東大震災報告書【第2編】』には「武器を持った多数者が、非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという、虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害に遭った。(中略)過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく」とある。この100年で果たして「差別の解消の努力」はどの程度なされたのだろうか。実効性ある差別禁止法の制定は急務である。

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