MEN 同じ顔の男たち
映画『MEN 同じ顔の男たち』を観た。
後半にかけて、画が遠慮なく攻めてくるのでホラー映画が苦手な人は要注意な映画かもしれない。
けれど、これすごい良く出来ている映画だと思った。
所々に「りんご」という果実が出てくるし、宣材写真でも「りんご」の木が出てきた意味が分かった。物語に重要な意味を込めてるんだよとばかりの印だ。
これは、男と女の性の話であると……
性別が「男」であるか「女」であるかで、真にある根本的な恐怖の対象が異なる
聖書でいう、「禁断の果実」を敢えて観客に見せているのだ。
この映画の主人公は、「女」なので、私は怖さが良く理解できた。
この映像は彼女の恐怖を表しているのかな。
そんな気持ちで見ていた。
女性の中にもどのくらいのレベルでこれが理解できるかは、個人差があると思う。経験によるはず。けれど、潜在的には誰しもこういう感じの恐怖を持っているはずで、それを聖書的な絵を用いて表現している。
異性が持っている異質さに苦しめられている女性の感情が映像化されている。
そしてそれと同時に、自己の性とも向き合っている女性。
できる限り血が匂うようなドロドロとした、化物のような描写や出産シーンを最後に持ってきた事で、絵柄だけで伝えようとしている努力があり評価できる。そう思った。
男は種を蒔き、女は出産する。
そのために、生物学的な部分では必ず違う。
暴力性と保守性の部分で……
男性の暴力性に女性がどのような恐怖を抱くのか。この映画では、この女性はかなり恐怖を感じてきた経緯があるのだろう……それがどのくらい理解できるかでこの映画の解釈は変わりそうだ。
けれども、彼女は結構強い女性だと私は思った。
別に病んでいる訳でもないように私には見えたからだ。心の内部で葛藤して整理しようとしている様子を見せられてる感じもして、そんなに嫌な感じはしなかった。
どうしてかといえば、出てくる男性を避けていないからこそ怒りを感じたりしている訳だと思うからが理由。
ただただ苦しみから逃避するだけなら、無関心でいれば良い。弱い人なら逃避が激しいはずなのに、恐ろしいものと戦っている。
そして彼女は自身の性とも向き合っている。
産みの苦しみ。
男性の暴力性。
自身の性からくる保守性。
女であるという事を受け入れている証拠として、エンディングはそんなに悪いものではなかった。
エイリアンが血まみれになるような、映像が続くのにそんなに悪い表情じゃない。
人間は、社会性のために一定の理性や常識を身につけているはずだ。
なので、動物ということを忘れがちだ。
けれど実際は野性がある。剥き出しにしたらどうなってしまうだろうか……
理性を持たなかったら、どうなってしまうだろう
そんな事も考えさせられたMENという映画だった。
男と女。
アダムとイヴ。
暴力性と静寂。
美しさと気持ち悪さ。
性と野性を描いた作品で、とても考えさせられた。
MENには、男たちという意味もあるが、同時に人類という意味もある。原題も考えてある。
自然を使って表されている美しさの描写もとても良かった
かなり攻めたつくりをしている映画とはいえ、はっきりと答えを出していない映画。
観客に解釈を委ねるよという感じの作り。
グレーな部分が多いのも良い映画。
これは聖書の知識があると、より味わい深く鑑賞できる部類の作品と思った。
英語圏の作品とか表現方法とか文化による考え方を知るには、結構そういう知識も大事。
多くの人の感性に影響を及ぼしているはずなので、英語でいろいろな人と関わる際にも重要になってくる。
そういうことも、またここに書きたいなとちょっと思いました。
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映画を観ることは英語学習にも役立つし、文化を学ぶのにも良いです。
いろいろ映画について、書いているのでどうぞ
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宗教からくる文化を知るのも、理解が深まります
映画などの娯楽も楽しめれるようになります
たまにそういう記事も書いています
一部まとめてるのが以下
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