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コンプレックスって、こぶみたい

私の左脚弁慶には、10円玉サイズの傷跡がある。

中学3年生の頃に、ひょんなことから左脚弁慶に傷を負い、自然治癒するだろうと放って置いたら想像以上に膿んで、切開手術をした。それからもう9年が過ぎた。9年経っても私の左脚弁慶の傷跡は消えず、青黒い痣のような(けれどもヘコんでいるせいか明らかに痣ではないとわかる)見た目でそこにある。

私の青春はこの傷跡とともに過ごしてきた。傷跡がどうしたら消えるのか調べ、どうすれば上手く隠せるか試行錯誤し、ふとしたとき友人の綺麗な脚を見て傷ついた。

中学生や高校生は身体的距離が近い。だから、「それどうしたの?」と悪意なく聞かれることがわりと頻繁にあった気がするけど、それがすごく嫌だった。私が答えると大体は口を揃えて「痛そう」と言った。痛くないんだよ、だってもう傷口がくっついてから随分経つから。「治りました」とお医者さんが教えてくれてから随分経った頃、「私は治るってなんだろう?」と考えたことがある。傷口はくっついているけど、心の方がジクジク痛んだから。

夏場の体育の授業で短パンになるたび、腕で脚を隠したこと。ミニスカートを見て、泣いたこと。お小遣いを毎月、薬用クリームと傷跡を隠すファンデーション、肌色のストッキングにつぎ込んだこと。

このまま墓まで持っていくと思っていたことを、こうして書く気になったのは、きっと私がこの傷跡コンプレックスから解放されつつあるからなんだろう。今はもう、薬用クリームも買っていないし、ファンデーションを足に塗ったりしていない。特別決心してそうしたというより、自然と、気づいたら自分の欠陥を見つめることから離れていた。

けれども、傷跡コンプレックスから解放されつつある理由に、「これ」というものが思い浮かばない。ただ一つはっきりしているのは、コンプレックスが薄まったのは、傷跡に変化があったからでないということ。繰り返しになるけど、私の左脚弁慶は今日も絶好調に青黒くヘコんでいる。

ふり返ればこの9年間、人並みにではあるけど、いろんなことがあった。とは言うものの、特別なことは特になかったように思う。何者かになれたわけでもないし、将来に安心できる環境を手にしたわけでもない。ただ、進学して、上京して、就職して、今がある。

コンプレックスを覆い隠せるほどの何かを手に入れたわけでもないのに、以前ほどコンプレックスが気にならなくなったのはどうしてだろう。9年間、些細なことだけどいろんなことがありすぎて、どれがコンプレックス解消の一手になったのか、皆目見当がつかない。

「けれど、そもそもコンプレックスを解消する特効薬なんて、ないのかもしれない」。

そう思ったのは、創メルが11月24日の文フリ東京で『コンプレックス・アンソロジー』を出すことが決まり、傷跡コンプレックスについての短編小説の設定を考えていたときのこと。

コンプレックスは調べると、「衝動・欲求・観念・記憶等の様々な心理的構成要素が無意識に複雑に絡み合って形成された観念」と出てくる。また英語では、「複雑な」という意味を持つ。コンプレックスは複雑なもの、持つのも、手放すのも。あたしはそう捉えた。

そしてふと、思った。

「コンプレックスって、細い糸が絡まってできた“こぶ”みたいなものじゃないだろうか」。

こぶは、「ここを引けば解けますよ」という単純なものではなく、いろんな角度から引っ張ったり、緩めてみたりと刺激して、解けていく。あたしの傷跡コンプレックスも、それと向き合い続けるだけで解消される単純なものではなく、9年間のいろんな刺激によって解けていったものかもしれないと思ったのだ。

今、コンプレックスに悩んでいる人の中にはもしかしたら、コンプレックスは「今すぐどうにかなるもの」「特効薬があるもの」を前提にしている人がいるかもしれない。そしてもしかしたら私が知らないだけで、本当に「これ」という魔法の薬はあるのかもしれない。

けれど、もしもあの頃、コンプレックスのことばっかり気にして辛かった自分に、「それはキミにとっては時間がかかるもので、9年かけても特効薬は見つけれなかった」と伝えたら。

きっと10代のあたしは、非常に落胆したあと、コンプレックスと向き合って得られるものと9年という歳月を天秤にかけて、生き生きすることを都度、選択しようとしただろう。そうしているうちに今の自分のように、「今日も傷跡は消えないけど。まぁ、いっか」というスタンスになっていたと思う。今度は9年もかからずに。

コンプレックスに向き合うことによる解消法だけでなく、あえて向き合わないことでコンプレックスから解放される解消法もある。しかもそこに、特別なことはいらない。

ということを、コンプレックス・アンソロジーの一編に書いてみた。文フリ東京に来られる方は、ぜひ「ノー41・42」ブースに遊びに来てみてください。

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(前作の百合短編集『Le sinq "S"』も一緒に置きます!)

他、メンバーの立花さんのあとがきはこちら


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