[1分小説] 封筒
「銀行口座に入れちゃうとさ、金額がはっきり分かっちゃうでしょ?それだと駄目なの。『まだ幾らある。まだ使える』って。
だからこういう風に貰った封筒のままバラバラに置いておくの。なんとなーく、ふんわり全体の金額が分かるくらいが丁度いいの。」
仕事用の大きな鞄を提げ、部屋の入口に突っ立ったまま、姉は今しがた妹が発した言葉たちを再生する。
(えーと・・・)
いきなりのことで、思考がまとまらない。
*
妹が住む、取り立てて特徴のない安アパートの1Rの部屋。
突然訪れた姉の視界に写ったのは、壁際に置かれたベッドや背の低い冷蔵庫など、衣食住を満たす最小限の家具と家電、そして、部屋中央の丸テーブル。
そこで姉が目に留めたのは、そのテーブルの上に雑然と置かれた、にわかに厚みのある幾つもの「封筒」だった。
折りたたんだ書類を郵送したり集金で使うようなよくある縦長の茶封筒をはじめ、ピンク、白・・・様々な封筒が、ゴミ箱行きを待つ折り込みチラシなどと一緒にされ、乱雑に放置されていた。
「ねぇ、」
姉の物言いたげな発言を遮って、妹は続けた。
「だからね、ちゃんと管理はできてるの」
ちょっと待て、そういう問題ではない。
そもそも、手元の有り金の金額が分からなくて、なにが「管理」だよ。姉はため息をついた。
前から「お金をくれる男の人たち」のことは聞いていた。だからと言って、妹の身なりが派手になったとか金遣いが荒くなったような形跡はない。今こうしてアパートの自室を訪ねても、妹の頓着しない性格を反映したかのような、女子大生にしては寂しいくらい質素な部屋のままではある。でも・・・。
「それで?就職とかあんたちゃんとやってるの?」
新卒で就職して2年目、ハードな毎日を過ごす姉は今夜、仕事帰りにの妹の元にやってきたのだった。大学生の妹を前にすると、自分の就職活動のときの苦悩が思い出される。心配ゆえについ口調が強くなってしまったことを少し後悔したが、
「だいじょうぶぅー」
語尾を伸ばした呑気な生返事を聞いて、後悔したことを悔いた。姉の心配など1ミリも伝わっていなさそうである。
はぁ。
姉は暗澹たる気持ちになった。
21歳の生身のこの女が、何処で何を、 どこまでやっているのかは分からない。
「見境もなく振舞ってると、いつかしっぺ返しが来るよ」そう言いたくて堪らなかった。
今ここで強く言っておいた方がよいのか、まだ放っておいてよいのか。
目の前の女の行く末を案じずにはいられない。
ベッドにゴロリと寝転んだ妹は、相変わらず素知らぬ顔でスマホを弄っていた。
「だいじょうぶぅー」だといいんだけれど・・・。
姉の心配は尽きない。
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