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【短編小説】さやか

夜、静かな部屋、灯りもつけずに男は座っていた。
またあの時の夢を見た。

彼の名は藤井祐介。30歳にして既に数々の展覧会を成功させたアーティストだ。
祐介は自分のアートに執着し、人を寄せ付けず、ずっと完璧主義を貫いてきた。そして、彼の内に秘められている深い孤独とトラウマを知る者は誰もいなかった。
 
幼い頃の記憶が、ふ、としたときに彼の心を襲う。熱い冷や汗がにじむ。
母親の優しい笑顔、厳格な父親の姿、そしてあの日、それは起きた。
 
それは彼がまだ5才の頃のことだった。
夕暮れの公園で、彼は変質者に遭遇した。
その変質者は祐介を公園の大きな滑り台の影へと連れて行き、自分のズボンのファスナーを下し、一物をひっぱり出してこう言った。

「これがね、もっとカチカチに固くなるまで舐めてごらん。そしたら、たくさんおこづかいあげるよ」

そう言っているそばから男のソレはムクムクと不気味にひとりでに動き出していた。

「ほら!早く」

男は待ちきれないように、ちょっと乱暴に祐介の頭をソレに向けて押し、小さな手で握らせた。

「ほら、早く!舐めてごらん。ソフトクリームを舐めるときみたいにね」

まだ5才の祐介は、言われたことに抗うということを知らなかった。

「あぁ、とっても上手だよ」

男は陶酔の呻きを漏らしていた。
10分ほども経っただろうか。その行為は男の指示で終わった。
口の中からドロドロしたものが流れ出た。男は約束通り1000円札を1枚、祐介の手に握らせ「また遊ぼうね」と言って去って行った。
祐介は公園の水飲み場で口をすすぎ、何度も吐いた。
 
 


美術学校を卒業し、祐介は自らのアートを追求するために独立した。

彼の作品は多くの人々を魅了し、ギャラリーでの展覧会はいつも大成功を収めた。しかし、その一方で彼の孤独はますます影を濃くしていった。

「祐介、今回のも素晴らしかったわ。でも、もっと自分を解放してみたらどう?」と、彼の友人であり唯一の理解者である鈴木美沙が言った。
美沙は彼の心の内側に何かが巣くっていることを見抜いていた。
 
日々、自分のアートに固執し没頭する祐介。彼は人々の称賛を受けながらも、その内にある孤独を埋めることはできなかった。
 

ある日、アートスクール時代からの友人である岡田健太が現れた。
彼は祐介の作品に厳しい批評を与え、それが祐介の心を揺さぶった。

「祐介、君はなぜ自分の内側を閉じ込めるんだ?最近のおまえの作品を見ればわかるよ、行き詰っているんだろう?おまえのアートは美しいが、その奥に秘めた感情をもっと大胆に公にすることが必要だと思う」と健太は言った。
祐介は口ごもった。彼は自分の内側を見ることを恐れていた。彼の心の闇があまりにも深く、その真実に立ち向かうことができないからだ。
 
祐介は孤独とアートの間で揺れ動く日々を送っていた。
彼は自ら夢中になるほどの作品を生み出し続けたが、自らの内側に向き合う勇気を持てずにいた。

毎晩、灯りを消して暗闇の中でキャンバスに向かった。彼の筆は情熱的に動き、彼の心の中の声を表現していく。それは美しく、同時に不気味な作品だった。
 
そんなある日、彼女は、展覧会の会場に姿を現した。橋本さやか。彼女の美しさは、どこか抑えきれない激情で会場を満たしているように祐介には見えた。
祐介は彼女の存在に一瞬で引き込まれた。何か深いものが宿っているように見える彼女の瞳は、彼の内なるエロチックな衝動を刺激した。

「このあと私のスタジオにきませんか?私の作品をもっと貴女に感じていただきたいんです」と祐介はさやかに誘いをかけた。

さやかは微笑んで了承し、その晩、二人は祐介のアトリエでひとつなった。

美が形を成したようなさやかの美しい裸身は、祐介の創造力をいっそう激しく掻き立てた。

祐介とさやかは作品を通じてお互いの激情を共有し、絵の中での恋に溺れていった。
彼女の肌に触れ、祐介の筆がその身体をなぞり、二人は絵というキャンバスの上で情熱的な関係を築いていった。

祐介の作品はエロチックであり、かつ激情的であり、そして自由であった。彼は自分の内なる世界を絵に映し出し、自分自身を解放していったのだ。
 

ある日、祐介はついに、暗闇の中描き続けた自分の作品を公に発表することに決めた。それは彼の内側に秘められた真実を世界に示すためのものだった。
彼の作品は多くの人々を驚かせ、同時に彼自身もその中に新たな自分を見つけることができた。

展覧会の後、祐介はさやかに会いに行った。さやかは彼を温かく迎え入れ、二人は抱き合いながら彼の作品に対する感想を語り合った。それは祐介にとってこの上なく心地よい時間だった。

「すべてはきみのおかげだ。ありがとう。これからはもっと自分の内面を表現していくよ。ずっとそばにいてくれるね?」と祐介が言った。

さやかは恥じらうでもなく裸身をさらしながらキッチンに向かい、コップ一杯の水を飲みながら、少しものうげに頷いた。



祐介は新たな扉を開くことができた。自分自身の闇と向き合い、自分以外の人間とのつながりを再び築いていく決意を持って。

ある日、彼は幼い頃の記憶を辿り始めた。その記憶の中には、彼を襲った暗闇と恐怖があった。しかし、今は彼の心には新たな光があった。さやかという光が。
 
 
鈴木美沙と岡田健太に久しぶりに再会した。
彼らは祐介の作品を見て、その変化に驚いた。彼の作品は以前とはまったく違うものになっていたからだ。それは彼の内側にある光と闇が調和し、新しい表現となったものだった。

「祐介、自分の内側にあるものを見つめたのね」と美沙が言った。

祐介は微笑んだ。
 
 


数年後、祐介は新たな作品を持って再びギャラリーに足を運んだ。
それは彼の内側にある情熱と夢を表現したものだった。

展覧会の夜、多くの人々が彼の作品に感動し、その芸術性について熱く語り合った。彼は自分の内側に秘めた真実を世界に示し、それが多くの人々の共感を呼んだのだ。

彼はさやかとギャラリーの外に出て、夜空を見上げた。
星がきらめき、心地よい風が吹いていた。
出会って何年も経つ二人のくちづけは、未だ色褪せることなく官能的だった。
 

数か月後、祐介は新しい展覧会を開催するために準備を進めていた。
彼の作品は新たなるスタートを象徴し、彼の内側にある輝く光つまりさやかを表現したものだった。

展覧会の日、多くの人々が集まり、祐介の作品を見入る。
鈴木美沙と岡田健太も彼の側にいた。彼らは祐介の作品に心からの賛辞を送った。

祐介はギャラリーの中央に立ち、自分の作品について語り始めた。その横には妻、さやかの姿があった。さやかを見つめながら熱く語る彼の声は、自信に満ちており、彼の内側にある情熱と夢をあらわに表現していた。

会場には大絶賛の拍手が湧き起こる。

その会場の片隅でこんな会話が交わされていた。
「美沙さん、よかったらこのあと飲みに行きませんか?私と」と堅物の健太がとうとう告白した。
美沙は「ええ、遅すぎるくらいだわ」と言いながら、健太に腕をからめると二人はギャラリーを後にした。
END


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