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平和な学校では、感覚が鈍る【教員】

平和ボケしている自分に気づいて、ハッとした。

クラスの男子生徒4名を指導するタイミングを誤った。

掃除の開始時刻に別室に呼び出し、事情聴取と指導を行ったのだが、その4名はその日が掃除当番であることを僕は頭に入れてなかった。そういうケースがあることを頭によぎりもしなかった。

その4名を除く 他の生徒だけで教室を綺麗を掃除をしてくれていたのだ。3人で掃除を行った彼らには、かわいそうなことをしたと僕は反省した。

「指導によって、掃除をせずに済む」ということが嫌だったので、指導をした男子生徒4名には、指導後、僕と一緒に代わりの場所の掃除をさせることにした。

そんなことをしても、3人で教室掃除を行ってくれた生徒の不満は解消されるわけではないのに。

指導のタイミングを間違えた。
感覚が鈍っている。いくつかのケースが頭によぎらず、見切り発車で指導に動いた俺は平和ボケしている。

■早く帰れるようになったけど。

今、僕が働いている学校では、大きな生徒指導が起きない。
現にこの1月、毎日僕は17:00(退勤時刻)には学校を出ている。

前任校では、考えられない。あの頃は毎日何かトラブルが起きて、指導や家庭訪問を行い退勤平均時刻が20:00だった。もっと遅い日もたくさんあった。
毎日が必死だった。必死だったからこそ自分自身のレベルも上がっていったと振り返ってみると感じる。

運よく、僕の手元には生徒指導ノートがある。
生徒指導が上手な先生の手法や、生徒指導がうまくいかなかったときの自分の反省や、効き目のある言い方やフレーズを記録しているノートだ。

自分の汗水流した経験から書かれたノートだ。自分がレベルアップするために書き続け、ノート5冊分にもなった。読むと当時の感情とセットで過去の事象を振り返ることができる。
再び、目を通して当時の必死だったときの感覚を取り戻していきたい。

今の僕は、早く帰れるようになったけど、全くノートをつけていない。
そんな自分に気付けたことが良かった。

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