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じゃんけんじいさんの絵

私が小学生だったころ、近所に新しく公園ができました。
今までSさんの家だったところが公園になっただけなので、公園にしてはとてもこじんまりした感じです。
でもちょっと変わったかたちのすべり台とか、カラフルな遊具がひと通りそろっていて、近所の子供たちは学校が終わるといつもその公園で夕方帰宅をうながすチャイムが鳴るまで、その公園で遊ぶのでした。
その公園には、よくステッキをついて着物を着たおじいさんが、静かで上品な感じの奥様と一緒にやってきました。
ベンチに座って遊んでいる子供たちを奥様と一緒に眺めるのです。そして、近くに子供たちがやってくると
「じゃーんけーん」
と言って、じゃんけんをしようと誘うのです。
じゃんけんをして、おじいさんが勝つと、
「勝ちーましーたー」
と、万歳をします。
逆におじいさんが負けると
「負けーましーたー」
と、頭を下げるのです。
おじいさんはそれが楽しいらしくて、いろいろな子とじゃんけんをしました。
私達も最初はおじいさんに付き合ってあげている感じだったのですが、なんとなくユーモラスなやりとりが面白くなって、おじいさんがくると「じゃんけんじいさん来た!じゃーんけーん!」と言って、私達からじゃんけんに誘ったりするようになりました。

ある日、じゃんけんじいさんは「絵を描きましょう」と、立ち上がりました。
「何を描きましょう」
おじいさんはステッキで絵を描くようです。
「馬!」と誰かが言うと、おじいさんは地面にステッキで馬を描くのですが、それは私達が知っている感じの馬ではありませんでした。
鋭い目、荒い息をしているような大きな鼻の穴、風になびくたてがみ。勇壮な馬は公園の地面を駆っていくようでした。
その場にいる誰もが(想像したのとちょっと違う…)と思ったと思うのですが、おじいさんの画力に驚いたのは確かです。だからみんな「おおー」と言いました。
「次はだるまを描きましょう」
だるまもまた、みんなが想像しているだるまとはだいぶ違う仕上がりでした。
人々を睨みつけるような大きな目、がっちりとした鼻、もさもさと左右に跳ねるひげを持つだるま…
(だるまにひげってあったんだ)私達はまた「おおー」「絵うまいね!」などと言って拍手しました。
じゃんけんじいさんの意外な特技を知った私達は、それからじゃんけんじいさんが公園に来るたびに絵を描いてとねだり、いろいろな絵を描いてもらいました。おじいさんの絵を見てから他の遊びにうつっても、みんなその絵を踏まないよう気をつけていました。
それは、おじいさんへの配慮もあったけれど、踏めないような素晴らしい絵だったのです。

じゃんけんじいさんは、公園だけでなく、町内を奥様と散歩をしているので、公園じゃないところで見かけることもありました。
ある日犬がいる家の前で、犬を熱心に見ているじゃんけんじいさんを見ました。
犬はワンワン吠えていて、奥様が「あんなに吠えてかわいそうですから行きましょう」と、じゃんけんじいさんの腕を取るのです。
じゃんけんじいさんは犬が好きなのかな、じっくり見て絵を描くのかな、と思いました。

そんなある日、私達からじゃんけんじいさんの話を聞いた母から意外な話を聞きます。
「あのおじいさんは芸大の絵の先生だった方よ」
え?!おじいさん、絵の先生なの?!
だから絵がうまいのか!!
じゃんけんじいさんの描く絵が想像と違うこと、なんだかすごい馬と、大迫力のだるまを描く、と言ったら母は、じゃあ日本画の先生かしらね、と言いました。
その頃日本画というのは図工の教科書でちょっと見たことがあるくらいだったけれど、なんかそうかも、と思いました。
洋画の雰囲気でないのは確かな気がしました。
芸大の先生の絵にみんなで「絵、うまいね!」って言っちゃった。
でも、じゃんけんじいさんは、そう言われてすごくうれしそうだったし、大人になってから考えると、子供たちに絵をほめられるのはすごく楽しかったんじゃないかなと思います。

私達が大きくなったり、じゃんけんじいさんも高齢になったりして、いつの間にか会わなくなってしまったけれど、今もじゃんけんじいさんが描いた絵はよく覚えています。

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