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【物語】海風に迷わされて

登場人物3人

少年  大垣市に住む高校生。深夜徘徊している

カナエ  少年が出会った女性。

輝夜  神の遣い。全国を旅している。


この物語は以下3作品の続きです。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


2024年3月某日……
深夜2時頃・宮城県松島市

 

カナエ:ねぇ!そこのお兄さん?

 

 真夜中の公園のベンチに座っていると、女の人に話しかけられた。

 公園の中には静寂が広がり、遠くから聞こえるさざ波の囁きが、どこか不思議な雰囲気を演出していた。女性の声もその穏やかな響きに溶け込んでいく。

 ジーパンのシルエットが風に揺れ、白いブラウスの袖を優雅になびかせながら、女性は少年に近づいてくる。

 


カナエ:この辺では見かけない子ね。何してるのこんな所で?

 


少年:えっと……歩き疲れたので少し休んでいるだけです。
少年: お姉さんこそ……どうしてここに? しかもこんな時間に……

カナエ: 私? 私はただお散歩してるだけよ?

少年: お散歩ですか?こんな時間に?

カナエ: えぇ。夜が好きなの。悪い?

少年: い、いえ…… あ、あの……その髪はどうなさったんですか?

カナエ: 髪?

少年: 結構濡れてますけど……

カナエ: ……そうね。でも夜風にあたっていたらそのうち渇くわ。

少年: そ、そうですか……

カナエ: 何よ?

少年: ず、随分と自由だなぁと……

カナエ: いいでしょ? そういうニンゲンがいても?

少年: ま、まぁ……

カナエ: それで? お兄さんはどうしてここで休んでるの? こんな時間じゃキレイに松島は見えないし……そもそもあなたココの人じゃないわよね?

少年: は、はい……観光に来ました。

カナエ: ふーん。1人旅?

少年: いえ……母親と……

カナエ: お母さん?お兄さん歳いくつ?

少年: 17です。

カナエ: 17歳。高校生?

少年: はい

カナエ: そっかそっか……じゃああたしよりも10歳下なんだ。 反抗期なの?

 

少年: え?

カナエ: お母さんと旅行に来たのに1人で未成年が深夜徘徊なんて、そうとしか思えないわ。

少年: そんなことは……

カナエ: 違うの?

少年: ……

カナエ: まぁニンゲンそういうこともあるわ。あたしもあなたくらいの時は反抗期で、しょっちゅう親とケンカしてたわ。

少年: は、はぁ……

カナエ: 何よ?あたしの話興味ない?

少年: そ、そういうわけじゃないですけど……そもそもボク反抗期なんかじゃないですし

カナエ: ん? じゃあなんなのよ。

少年: な、なにか?

カナエ: いえ……でもまぁあなたがそう思うならそうなんでしょう。深くは聞かないわ。

少年: ど、どうも。

カナエ: で? こんな所でぼんやりしていて楽しい?

少年: ……落ち着きはしますね。海も近いので海風も気持ちいですし。

カナエ: そう。 でも布団の中でゲームとかしてた方が楽しくない?

少年: あんまり。 ゲームもしなくはないですけど、なんか飽きちゃうというか、うるさいのがあんまり好きじゃないんです。

カナエ: そうなの。 若いのに変わってるわね。

少年: あはは……

カナエ: ところでお兄さんはどこから来たの?

少年: 岐阜です。岐阜県大垣市。大垣城があるところです。

カナエ: そう。 岐阜県。 どうしてそんな所からワザワザここまで?

少年: 母が商店街の福引で松島の宿泊券当てて…… 本当は2泊3日なんですけど 折角来たから1週間くらいいようって。

カナエ: へぇー。

少年: まぁホテルは最初だけで、残りは安い民宿ですけどね。

カナエ: いいじゃない、お母さんと旅行なんて。親孝行ね。

少年: でもお金出してるのも宿泊券当てたのも母親ですし。

カナエ: ……子どもといるだけで、親は幸せなのよ。

少年: そ、そうですか……

カナエ: でも学校…‥大丈夫なの?まだ春休みには少しばかり早いでしょ?

少年: …… ボク不登校なんです。 夏くらいから行ってなくて……

カナエ: そうなの。 まぁ……あたしも学校はキライだったわ。 休んでもいい日数計算して、休めるだけ休んでた。

少年: あはは……

カナエ: それでもまぁなんとかなってはいたから…… なんとかなるわ。

少年: ……だといいですね。

カナエ: それで? 松島はどう?

 

少年: ……実は曇りの日が続いて、あフォームの始まりんまりキレイに見えないんですよ。

 


カナエ: あら、それは残念ね。 でもまだ数日滞在するんでしょ? ならいつか見れるわ。

少年: それを願ってます。

カナエ: じゃ…… あたしはそろそろ行くわ。風邪ひかないようにね。

少年: は、はい…… ありがとうございます。

そういって女性はどこかへ行ってしまった。

少年: なんかスゴイ個性的な人だったな……

 

 

 

 

場面転換

翌日・深夜2時頃の公園で。

 

 

 

 

 

カナエ:あら……また会ったわね少年。

 

昨日と同じ、白いブラウスに青いジーパンを着たの性が現れて、ボクの隣に腰掛けた。

 


少年: あはは……同じくらいの時間に同じ場所で会うなんて、奇遇ですね。

カナエ: 偶然って怖いわねぇ。今日も黄昏てるの?

少年: まぁ……特にすることもないですし。

カナエ: 旅先まで着て昼夜逆転だなんて。お母さん何にも言わないの?

少年: えぇ……母さんも同じように、昼夜逆転してるんで……

カナエ: 似たモノ親子ね。

少年: どう……でしょうね……

カナエ: あんまりお母さんと似てるとか言われたくない年頃かしら?

 少年: そ、そんなことないですよ。 別に憎んでるとかそういうワケじゃないですし。

カナエ: ふーん。 ま、誰にでもそういう時期はあるからね。 それもそのうちいい思い出になるわ。

少年: ……だといいですね。 お姉さんはその……今日もお散歩ですか?

カナエ: えぇ。 疲れた夜は海風にあたるのが一番いいのよ。 ストレス解消になってね。

少年: ……その気持ちはなんだかわかる気がします。

カナエ: 海なし県に住んでるのによくわかるわねぇ。

少年: おばあちゃんちが静岡の下田なんです。 海のすぐそばで。

カナエ: そうなの。 あたしも行ってみたいわ下田。 修学旅行を除けばここから出たことないのよ、あたし。

少年: へぇ……学校も就職もここなんですね。

カナエ: そうねぇ。 なんだかんだで落ち着くし、居心地もいいしね。

少年: 生まれ育った土地だから……ですか?

カナエ: そうかもしれないわねぇ。 若いころは、こんな田舎とっとと出てってやるって思ってた時期もあったんだけど……

少年: そうしなかったんですね。

カナエ: ていうかできなかったのよ。 お給料も安かったし。

少年: それはその……切実ですね。

カナエ: でしょ? 現実は厳しいのよ少年。

少年:アハハ……よく覚えておきます。

カナエ: まぁでも……ここでの生活も悪くはないわ。 事実気に入っているから、ここに居続けているわけだし。

少年: やっぱり海があるからですか?

カナエ: どうかしらねぇ…… まぁ心の支えにはなっているわ。 給料も安いし、人間関係も固定化されてるからストレスも多いから余計に。

少年: それはなんというか……大人は大変ですね。

カナエ: そういうのを上手く誤魔化しながらやっていくのよ。 少年もそのうちわかるわ。

少年: ……

カナエ: 時に少年。 海を眺めるのがとても好きみたいだけど……

少年: え、えぇ…… 海を観に行けるのはたまにですけどね。

カナエ: 時々怖くならない?

少年: ……夜の海がってことですか?

カナエ: えぇ……。 暗闇に包まれた海はほとんど何も見えない。 なのにさざ波の音だけが不気味に聞こえてくる。

少年: 言いたいことは分かる気がします。 なんかこう……上手く言葉にできないんですけど 油断してると引き込まれそうになるというか……

カナエ: そう…… あたしが言いたかったのはそういう事よ。

少年: ならボクにもありますよ。 そういうこと。

カナエ: そういう時にフッと海に近づいてしまいそうにならない?

少年: なりますよ。 多分ですけど。

カナエ: でも海の中には入らない?

少年: そうですね……ボク泳げないですし。 そんな度胸もないですしね。

カナエ: そう……

少年: お姉さんもそういう時があるんですね。

カナエ: そりゃあ……ね…… そういうことがない人の方がどうかしているっていうか、なんだか不気味だと思うわ。

少年: あー 悩みがない人の方がおかしいなって感じることは……確かにありますね。

カナエ: そうね。 もちろん世界には全部うまくいっている人もいると思うわ。 でもあたしはそうじゃないし、その方が変だと思うの。 人間味がなくてね。

少年: でも……意外といるんですよね…… 運動も勉強もできて、友達もたくさんいて…… そういうなんでも持ってる人。

カナエ: まぁ……そう言いたい気持ちは分かるわ。 でも悩みがない人って「ほとんど」いないと思うのよ。 特に高校生ならなおさらね。 たとえそれが、大人から見ればとてもちっぽけな悩みだったとしてもね。

少年: でもそう見える子って、困ってなさそうですし なんならボクみたいな何にもできない奴のこと……下に観てきたりするんですよね。

カナエ: そいつはバカよ。 誰が何と言おうともね、

少年: どうなんでしょうかね。 もうよくわかんないです。

カナエ: ……どうして? どうしてそう思うの?

 少年: そういう奴が誰かを下に観るときって、大体周りもそれをフォローするかシカトするかじゃないですか。それってつまり、周囲も同じこと思ってるってことじゃないですか。

カナエ: ……それがいじめにつながるってのはわかるわ。 でもまぁ……それを止めるのも難しいってのもわからなくはないわ。 周囲の子も、いじめの対象になるのはイヤでしょうから。

少年: 結局自分が大事ですからね。

カナエ: そうね。 自分が大事だから、弱そうなやつをいじめるのよ。

少年: そう思いますか?

カナエ: えぇ。 思うわね。 どこかに弱いところがあるけれど、それを埋めることができない。 だから他人を傷つけることでそれを埋めようとしてる。 弱い人を見下すことで、自分は弱くないって思いたいのよ。

少年: ……

カナエ: ま、同調はできないけどね。 少年は……

少年: なんですか?

カナエ: いえ……いいわ。 だから学校行ってないの?

少年: ……まぁ。そんなところです。

カナエ: そうなの。 高校生も生きづらい世界ね。

少年: ……そうですね。 もう生きていくのがイヤになるくらいです。

カナエ: 生きていくのがイヤ……かぁ……

少年: ま、まぁ……ボクのことですから。 こうやって夜中に徘徊してると、その気持ちも忘れられます。

カナエ: そうねぇ……忘れるっていうか、誤魔化すのは大事かもね。

少年: お姉さんはその……

カナエ: カナエ。 あたしの名前はカナエよ、少年。

少年: は、はぁ……

カナエ: 何よ。女の人に下の名前教えてもらったのに、嬉しくないの?

少年: い、いえ……嬉しくないと言えばウソになりますけど……

カナエ: ま、いいわ。 じゃあ……あたし、そろそろ行くから。

少年: あ、はい。 それじゃあ……おやすみなさい。

カナエ: ん。おやすみ。

 カナエは昨日と同じようにどこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

場面転換

翌日・同時刻・真夜中の公園で。

 

 

 

 

 

カナエ:少年。こんばんは。今日も会ったわね。

 少年:こ、こんばんは……

 カナエ:今日は昨日より風が弱いわね。

 少年:え、えぇ……少しだけあったかく感じます。

 カナエ:そうね。

 

 カナエは再び少年の隣に座る。

 

少年: あの…… カナエさんはいつも髪を乾かしませんけど……寒くないんですか? さすがに風邪ひいちゃいません?

カナエ: ……なれるとそうでもないのよ。 それに……昔は髪を乾かす暇がない時もあったしね。

少年: え?それどういう意味ですか?

カナエ: そのままの意味よ。 子育てしてる時なんかはね、そのくらい忙しいのよ。

少年: へぇ……お子さんがいらっしゃるんですね。

カナエ: ……えぇ。 いるわ。あたしの宝物……かけがえのない存在よ。

少年: ……そうなんですね。 じゃあカナエさんがお風呂に入ってるときとかは、旦那さんが?

カナエ: ……あの子を産んでからすぐ離婚したのよ。 だからその……ほとんどあたし1人だけだったのよ。

少年: え、あ……ごめんなさい……

カナエ: いいのよ。気にしないで。 誰にでもそういう時はあるものよ。

少年: は、はぁ…… え、じゃあいまここにきて大丈夫なんですか?

カナエ: えぇ…… 大丈夫よ……ワケあって、今あたしと一緒に住んでないのよ…… だから……

少年: そ、そうなんですね…… モノローグ:なにか事情があるのかな?でも聞いちゃ悪そうだしな……。

カナエ: それに……

少年: はい?

カナエ: 少年こそ……ずっとここに来ていて大丈夫なの? 流石にこう毎日毎日夜中に抜け出してたら、流石に一緒に来ているお母さんも怒るんじゃなくて?

 少年: それはないと思います。

カナエ: どうして?

少年: 多分ですけど……ボクが抜け出してること……気が付いてないと思います。

カナエ: そうなの? 流石に隣で寝てるなら気が付くと思うけど? 夜中に起きちゃったりすることもあるだろうし。

少年: そういうことじゃなくて……

カナエ: ん?

少年: ……母もその……夜中は部屋にいないんです。 太陽が昇って来て、しばらくすると帰ってくるんです。

カナエ: ……そうなの。

少年: だから大丈夫です。どうぞお気遣いなく。

カナエ: ……これ以上深くは聞かないわ。

少年: ……どうも。

カナエ: ねぇ少年。 折角だしさ……少し歩かない?

少年: え?一緒にですか?

カナエ: 2人しかいないのに別々に歩いてどうすんのよ。 少し遠いけれど……海まで。

少年: 海……ですか。

カナエ: えぇ。 海岸を散歩しましょう。 海風にあたりながら……

少年: いい……ですけど…… どうしたんですか急に?

カナエ: 少年……もう少しで帰っちゃうんでしょ? なら1回お姉さんとデートくらいしてもいいでしょ?

少年: デートって……

カナエ: イヤなの? やっぱりもっと若い子がイイ?

少年: そんなことないですよ!

カナエ: うふふ。 じゃあ……

 


輝夜:まて。

 


少年: え……あれ? か、輝夜さん?

輝夜: 少年……久しぶりじゃな。

少年: え? ここでなにしてるんですか?

輝夜: それはこっちのセリフじゃ。 色々聞きたいことはあるが……それは後にしよう……。

少年: は、はぁ……

輝夜: そこの女

少年: か、カナエさんです。

輝夜: ……お主はどうしてここにいる?

 

カナエ:……

 

少年:か、輝夜さん何を……

 

輝夜:少年。少し口を閉じていろ。後でちゃんと話してやるから。

 

少年:ん……

 

輝夜:それで?カナエといったな?もう一度聞く。どうしてここにいる?

 

カナエ:……

 

輝夜:なんだ……黙っていては分からんぞ?

 

カナエ:……ここは私の住む町だから。だから……

 

輝夜:違う。住む町ではなく「住んでいた町」だろう?

 

カナエ:……

 

輝夜:それは……お前が一番よく分かっているはずだ。

 

カナエ:……

 


輝夜: まぁ……譲ってこの町へ帰ってくることに関しては何も言うまい…… ただこの少年のような純粋な者まで引き込もうとするのであれば話は別だ。 わかるだろう?

カナエ: ……そんなつもりはないわ。 そんな悲しいこと……私にできると思う? 私はこんなにも…‥‥ こんなにも苦しんでるのに!

輝夜: できるか否かでいえばできるじゃろう。 それに、たとえお前にそんな意思はなくても、気が付いたらそうしてしまっている…… ということはあるじゃろう。

カナエ: ……そうかもしれないわね。

輝夜: お前はもう……そういう存在になってしまったんじゃ。

カナエ: それこそ……私にそんな意思はなかったわ。

輝夜: そんなのは百も承知じゃ。 だから儂はこうして……お前と話をしている。

カナエ: ……どういうこと?

輝夜: 儂はそこまで甘くない。 本来であれば出会い頭にそれ相応のことをしている…… ということじゃ。

カナエ: そう……やさしいのね。

輝夜: やさしい…… それは少し違う。

カナエ: ん?じゃあどういう……

輝夜: ……何かを求めてさまよい続ける。 その苦しみは痛いほどよくわかる…‥ということじゃ。

カナエ: そうなの。

輝夜: ま、儂の話はよい。 そういうわけじゃ。 儂がこれからいう事をお前は分かっているな?

カナエ: 帰れ。そして2度と彼に近づくな。 って感じかしらね?

輝夜: わかっているならよい。

カナエ: そっかそっか…… 神様の遣いにそんなこと言われちゃ、仕方ないわねぇ……

輝夜: 素直に聞いてくれると、儂も助かる。

カナエ: それじゃあお兄さん…… 突然だけれども今日でお別れよ。

少年
え……
あの……一体何がなんだか……
ボクはもうカナエさんには……


カナエ:えぇそう。これが最後よ。私とあなたは、恐らくもう出会うことがない…‥はずよ。

 少年:で、でも……どうして…‥

 カナエ:それは……

 

 

 カナエはちらりと輝夜の方を見る。輝夜はそっと首を横に振る。

 

 

カナエ:それは、そこの神様の遣いに聞けば、きっと教えてくれるわ。

 輝夜:……

 カナエ:それじゃ…‥さようなら。

 

 

 カナエは2人に背を向け、公園から去っていく

 

 

カナエ
あぁ……お兄さん……
……何ごとも程々に。私みたいなのにならないように……後悔しないように生きるのよ。

 

 なんともいえない哀愁を含む言葉を置き土産に。

 

 

少年:あの……輝夜さん……これはどういう……

輝夜: 少年……体に何か異変は感じないか?

少年: 異変……ですか?

輝夜: どこかおかしいとか、妙に頭痛がするとか

少年: いえ……特には……

輝夜: そうか。 ならばついてこい。 少年には色々話さなければならない。

 

 

 

 

場面転換

数分後・公園から歩いて数分の神社にて

 

 

 

 

 

 


少年: あの……輝夜さん……ここは……

輝夜: 見ての通り。ここは神社……正確には神社があった場所じゃな。

少年: ん?それは……

輝夜: そのままの意味じゃ。確かにここは神社の設備はそろっている……観ての通り鳥居も本殿もボロボロとはいえ残されている。が、厳密には神社ではない。神の遣いもここにはいない。残り香のようなもの……といってもいいかもしれぬ。

少年: へぇ……もしかして輝夜さんはここに住んでいるんですか?

輝夜: 住んでいる……は少し語弊があるな。定住しているわけではない。ただ、この辺りに来る際にはここを仮の拠点として使わせてもらっている。

少年: なるほど……でもいいんですか?そんな所にボクを連れてきちゃって?

輝夜: 構わぬ。どうせ誰も観ておらんしな。それにここの方が安全じゃ。

少年: 安全……なんですか?

輝夜: 腐っても神社の跡地だ。まだそれなりに神聖な力が残っているから変な存在が近寄ってこんのだ。

少年: 変な存在?

輝夜: 悪霊とかそういう類のものじゃよ。

少年: なるほど……それでその……どうしてボクをそんな所に連れてきたんですか?

輝夜: さて……少年にはどこから話すか……

 

 輝夜はしばらく考える。

 

 

輝夜:少年はこの神社が、どうして神社ではなくなったかがわかるか?

少年: さぁ……神様が突然どこかへ行っちゃったとか?

輝夜: まぁそれはそうなんじゃが、どうして神様がここから出て行ってしまったかわかるか?

少年: いえ……なにかイヤがらせでもされてたんですか?ここに住んでいる人たちから。

輝夜: ふむ……それは多分ないと思うが…‥

少年: んーじゃぁなんですか?

輝夜: 一言でいえば信仰が失われてしまったんじゃ。

少年: ん?どういう意味ですか? 人々の信仰心がなくなったってことですか?

輝夜: そうだな…… 「信仰が失われた」にも色々種類がある。 少年が言ったようにそのようなこともないことはない。 ご利益がなくなればその神社に願いを掛けるニンゲンなどいなくなるからな。

少年: なるほど……

輝夜: ただ今回は少し違う。 信仰するニンゲンそのものがいなくなってしまったんだ。 結果として神社を支えるニンゲンもいなくなってしまった……ということじゃ。

少年: ん? 信仰心が失われちゃったから、信仰する人々がいなくなっちゃったんじゃないんですか?

輝夜: んむ……難しいな。 そういうケースが一般的なんじゃが、今回は違うんじゃ。 信仰心は失われていない。けれど、信仰する人々がいなくなってしまったんじゃ。

少年: それは……どういう意味ですか?

輝夜: わからぬか?過去にここで何が起きたか。

少年: いえ……全く。

輝夜: ふむ…… 年の暮れに由衣に言われただろう? その土地の歴史なんかを勉強しておくとよいと。

少年: え、あぁ…… そういえばそんなこと言われて本読みましたね…… ……てかなんでそれ知ってるんですか?

輝夜: 猫を宿した遣いはなんでも知ってるんじゃ。

少年: プライバシーというものがボクにもあるんですけど

輝夜: そんな横文字は知らん。 そもそも神の遣いにウソをつこうとすることが愚かじゃ。そうは思わんか?

少年: ま、まぁ……

輝夜: まぁよい。 少年も昼間はぐっすり眠っておるからな。松島の景色以外はロクに観光もしていないようだからのぉ。知っていなくても無理もないか。

少年: ん?何をですか?

輝夜: 10年と少し前、ここらへん一体で大きな地震が起きたことは知っているか?

少年: 地震……あの震災ですか?

輝夜: そうじゃ。ここら辺一帯は地震の後に津波が押し寄せて、多くのニンゲンが流されたんじゃ。

 

少年:あ……

 

輝夜

もちろんすべてのニンゲンというわけではない。

助かったニンゲンもいた。

ただ、すべてが流された……あるいはそうではなくても、一度あのような大きな津波がきた場所に住み続けることなんでできない。

ほとんどのニンゲンはこの土地から離れざるを得なかったのじゃ。

 

少年:そんな……

 

輝夜
まぁそういうわけで、ここら辺一帯の人口は激減してしまい、神社に赴くニンゲンもほとんどいなくなってしまったということじゃ。
何人か戻ってきたニンゲンもいるようじゃがな。

少年: それはその……とても悲しいことですね。

輝夜: そうじゃなぁ。 自然災害だけは儂らにはどうしようもできないからなぁ。 建物そのものが無事だっただけが救いだったのじゃが……

少年: ちなみに……そういう時って、神様の遣いはどうなるんですか?

輝夜: 今回の場合は神の遣いに過失はない。それどころか多くのニンゲンを助けるという本分を十分に果たしている。咎められることなく、他の神社の遣いとなったはずじゃ。

少年: そ、そうなんですね。 そういう時にでもニンゲンを助けるんですね。遣いの方々は。

輝夜: 助けるといっても大したことはしていない。津波から逃げてきた人々の多くがこの神社に逃げてきたというだけなんじゃがな。

少年: ここにですか?

輝夜: ここに来るときに長い階段を上ってきたじゃろう?

少年: え、あぁ……そういえば……あ、そっか 高い場所にあるから津波が来なかったんですね。

輝夜: まぁここへの道中までは来てしまって、ここを目指しているニンゲンの中には助からなかった者もいるんじゃがな……

少年: そ、そうなんですか…… それでその……歴史はよくわかったんですけど、どうしてボクをここに連れてきたんですか?

輝夜: ここまで話して想像つかんか?

少年: いえ……さっぱりです……

輝夜: あの女……カナエといったか

少年:はい。カナエさんです。

輝夜:あの女もその一人。あの時に亡くなっているニンゲンだ。

 
少年
……え?
ちょ、ちょっと……ちょっと待って下さい!
カナエさんが幽霊?
そんなワケないじゃないですか!
あんなにボクと普通に話してましたし……

輝夜:そう思うのも無理はない。が、厳密には彼女はもうこの世界にはニンゲンとして存在していない。

少年:じゃ、じゃあどうして……

輝夜
色々な理由があるじゃろう。恐らくじゃが亡骸(なきがら)も見つかっていないのじゃろう。だからこそ残された身内がもしいたとしたら、死亡届を出していないのかもしれなんな。諦めきれぬのかもしれぬ。

少年:……

輝夜:それに、彼女自身もまた強すぎるとも言ってもよい未練をこの世界に残してしまっている。それも原因じゃろう。

少年: 未練……ですか? 突然すべてを失ってしまったから?

輝夜: それもあるじゃろう。 あの女は……少年からみれば立派なおばさんかもしれぬが、まだ若い方じゃろう。色々やりたいことなんぞがあったはず。それを何も考える暇もなく一瞬で奪われてしまったんじゃ。むしろ未練がない方がおかしいといってもいいじゃろう。

少年: そう……ですよね。 想像を絶するくらいツライでしょうね。

輝夜: が、いちばんは恐らく子どもじゃろうな。

少年: お子さんですか?

輝夜:聞かなかったか?子どもの存在を?

少年: チラっと小さな子どもがいるとは聞きましたけど……

輝夜: 恐らく逃げるときには子どもを抱えて逃げていたんじゃろう。が、押し寄せる波に飲み込まれた際に、離れ離れになってしまった……というところじゃろうなぁ。

少年: それって……じゃあカナエさんの未練って……

輝夜: 子どもじゃろうな。 恐らくその子もまた、未だ見つかっていないのだろう。

少年: そんなことって…… でも、もう10年以上経ってるんですよね? その……

輝夜: 言いたいことはわかる。巡り会えることは、恐らく本人であっても半ばあきらめかけているじゃろうな。

 少年:じゃあ……

輝夜
よいか少年。子を思う親の気持ちほど、この世界で強いものはない。子のためなら何でも犠牲にしてしまうのが親という存在なのじゃ。
ま、儂は子をもうけたことがないから、その気持ちはわからんのじゃがな……

少年: それじゃあカナエさんが今もこの町に現れるのは、お子さんを探すためってことですか? そのためにもう何年もここに?

輝夜: そうじゃな。彷徨い続けているんじゃ。恐らくこの先もずっと。

少年: そんな…… なんとかならないんですか? その……輝夜さんの力で……

輝夜: それは難しいな。 もしもあの女が悪霊……つまり今現在生きているニンゲンに対して何か危害を加えるようなことをしているならまだしも……ただ彷徨っているだけじゃしなぁ。

少年: でも……このままじゃずっと……永遠に……カナエさんはここに来て、ずっと探し続けなきゃいけないんですよね? それはいくらなんでも……

輝夜: 気持ちは分かる。 が、どちらにせよ強い未練が残っている以上は何をしても成仏できんのじゃ。 まぁそもそも儂は神の遣いであって、除霊なんかは陰陽師とかそっちの役割なんじゃがな。

少年: ん……

輝夜: つまるところ、あの女が成仏するためには子を見つけるしかない。 それができない以上はこのままということだ。

少年: そう……なんですか……

輝夜: もっとも、少年が気にするようなことではない。 言い方は厳しいが少年にできることはない。 強いて言うのであればそっと見守ることじゃな。

少年: ……じゃあ 輝夜さんには……輝夜さんには何かできることがあるんですか?

輝夜: 儂か? そうじゃなぁ…… 知っての通り、儂ももう会えぬかもしれない存在を数百年探し続けている身じゃ。 邪魔をしないことくらいじゃな。

少年: でも輝夜さん。 輝夜さんはカナエさんに、ボクに近づくなって言いましたよね? それには何か理由が?

輝夜:……1度死んだ者に近づき、そのまま長い時間を過ごしているとな、ニンゲンも知らぬ間にあちらの世界に連れ込まれてしまうんじゃ。

少年: そうなんですか?

輝夜: あぁ。理由はよくわかっていないのだが…… 亡霊とはとても寂しい身だからな。話し相手が欲しいのじゃろう。 少年があのままあの女について行っていたら、そのままこちらの世界には帰ってこれなくなっていたかもしれぬぞ?

少年: そう……ですか……

輝夜: そんなことになったら、千夏が悲しむ。 イヤな予感がしたから様子を観に行って正解じゃった。

少年: そもそもどうして……輝夜さんはわかったんですか? あの公園にボクがいることを。

輝夜: この時期になるとなぁ。あの女のような亡霊がよく現れるんじゃ。 だから毎年警戒して、この辺の遣いが総出で見回りしてるんじゃ。 儂もネコの目を借りて警戒していたら、そのうちの1匹が少年たちのことを報告してきたから、様子を観に行ったら……見知った少年がいたというワケじゃ。

少年: じゃあ……ボクだとは知らなかったんですね?

輝夜: あぁ。あの時は驚いた。 世間は狭いの。

少年: あはは……

輝夜: とまぁ……これが今回の全容じゃ。 あまり楽しい話ではなかったが、これで満足か?

少年: え、えぇ……

輝夜: そうか。 少年はあとどのくらいここにいる。

少年: あと2,3日で大垣に帰ります。

輝夜: そうか。それじゃあ帰る前に1度、ここへ寄ってはくれぬか。

少年: え、いいですけど……

輝夜: そうか。それじゃあここで待っている。 もしも道に迷ったら野良猫に聞け。 ここまで案内するように伝えておくから。

少年: わ、わかりました。

輝夜: 今日は少し疲れただろう。宿に帰りよく寝ることじゃ。

少年: は、はぁ…… それじゃあその……おやすみなさい。

輝夜: うむ。おやすみ。

 

 

 

 

場面転換

少年が帰った直後のこと……

 

 

 

 

 

輝夜: ……さっきからなんじゃ? 盗み聞きなんぞ趣味の悪いことをしおって……

カナエ: ……あなたが言ったんじゃない。 もうあの少年には会うなって。 だから帰るのを待っていたのよ?

輝夜: ふん。 それで?まだ何か用か?

カナエ: いいえ……ただ……聞きたかったのよ。 あの少年は何者なの?

輝夜: ん? それはどういう……

カナエ: 普通のニンゲンなら、あたしのことは見えないはず。よっぽど霊感が強くない限りはね。 今までは観えなかったのに。声をかけたら反応があるんだもの。びっくりしたわ。

輝夜: それはだな……あの少年は少し特殊なんじゃ。

カナエ: そりゃあ……神様の遣いと2人キリで会話してるんだもの。みればわかるわ。

輝夜: ただそれだけじゃ。 普段から神の遣いと関係を持っている。それで霊感が強くなってしまったのかもしれぬな。

カナエ: そうなの。かわいそうに。

輝夜: ……かもしれぬな。

カナエ: それにしても……あなたは本当に何でも知っているのね。 あたしのことあんなに。

輝夜: すべて憶測じゃ。当たっていたか?

カナエ: えぇそれはもう。 あの瞬間を観ていたかのように。

輝夜: そうか……すまぬな。 途中からお前が陰で観ていたのは気づいていたのじゃが、変な所で話を終わらせるのも不自然だと思ってな……。

カナエ: いいのよ。 本当のことだしね……

輝夜: すまぬ……余計なことを思い出させてしまったか?

カナエ: そうねぇ…… イヤな思い出だけれども事実だし……そもそも正直一瞬のことでよく覚えてないんだけれどもね。

輝夜: ん……

カナエ: でもね……それでも1つだけ覚えてることがあるのよ…… あの子があたしの手から離れた……いえ……あたしが離してしまった瞬間……それだけは覚えてるのよ。ハッキリとね。

輝夜: ……

カナエ
まぁあの時、助からないのは分かってはいたのよ。 すごい勢いで水がこっちに来るし、あたしより海側にいた人が次々と飲み込まれていくし、瓦礫とかもたくさん含んだ水があたしの走るスピードよりも速く追いかけてくるんだもの。

あんなの無理よ。

それでも……それでも子どもだけはと思って体に包み込むようにしながら走ってたんだけど……

 

輝夜:無理もない。神様だって耐えられなかっただろう。ましてや幼い子どもを抱えたニンゲンでは到底な。

カナエ
だから……そんなのは百も承知よ。

それでも……それでもって思うのが母親ってもんよ。

あんたには一生わかんないでしょうけどね。

輝夜:……そうだな。

カナエ

気が付いたらあたしだけ、なぜか魂だけがこの世界にとどまってしまっていた。

あの子がどこにいるのか……

成仏できたのか、まだ彷徨っているのか

それすらもわからない。

まさにあたしは亡霊になっちゃったってわけ。

 

輝夜:……

 

カナエ:なんて悲しい自分語りを神様の前でしてもしょうがないわね。

輝夜: それくらいでいいなら好きなだけ続けろ。

カナエ: いいわよ。こんな話したくもないわ。

輝夜: ……だろうな。

カナエ: ねぇ……あんたはさ。 生まれた時から神様の遣いなの?

輝夜: ん?どういう意味じゃ?

カナエ: 生まれた瞬間から神様の遣いとして育てられて、そのままその役職とやらに就いているの?それとも、元々はニンゲンだったりするの?

輝夜: ……突然なんじゃ。 なぜそんなことを聞く?

カナエ: ……もしもニンゲンだったんならさあたしの気持ち、わかるかなって思っただけ。

輝夜: 気持ち?

カナエ

……あたしさ。

これからしたいことたくさんあったんだよ。

決して恵まれた人生じゃなかったけどさ、子どもを授かったのはとてもうれしかったし、無事に埋めたのはもっと嬉しかった。

もしもあたしが生きていたとしても、きっと大した贅沢はさせてあげられなかったと思う。

でも……それでもさ……あの子とたくさんしたいこと……あったんだよ……

一緒に動物園とか行きたかったし、参観日とかも行ってみたかったし……

大きくなったら服とか買いに行ってさ、好きな男……女でもいいけど、ともかくコイバナとかもしたかったし……

振袖姿とか……結婚相手とかもみたかった……

 

でもさ……もう……もうそれ全部できないんだよ。

全部奪われちゃったからさ。

 

ねぇ……

あんた神様の遣いなんでしょ?

なら教えてよ……

あたし……あたし何か悪いことした?

 

輝夜:……

 

カナエ
ねぇ……答えてよ。

どうしてあたし……こんな思いをしなくちゃいけないの?

あたし……そんなに神様に嫌われるようなことした?

 

 

すすり泣きながら投げかけられたカナエの問いに、輝夜はなにも返すことができなかった。

松島の海から漂うさざ波の穏やかな音が、どこまでも静かな夜空に対照的に響いていた。深夜の沈黙に包まれた空白の神社で、過去と未来を抱え込んだ幻想的なその音は、耳を澄ませる者すべてを引き込むような神秘さを帯びていた。

夜風が静かにそよぎ、星たちが空高く輝いている下で、その穏やかな波の音がまるで遠い記憶を呼び覚ましているかのような、そんな不思議な感慨に2人を包み込んでいたのだった。

 

 

 

 

 

場面転換

数日後・神社の跡地で。

 

 

 

 

 

少年: こんばんは……

輝夜: ……来たな少年。待っていたぞ。

少年: お、お待たせしてすみません

輝夜: 気にするな。待つのは慣れている。

少年: あはは……

輝夜: 少年は明日帰るのか?

少年: えぇ。電車に乗って。 明日の夜には大垣に着くと思います。

輝夜: そうか。気をつけて帰るのじゃぞ。

少年: 輝夜さんはその……しばらくここにいるんですか?

輝夜: そうじゃなぁ……3月中はここで見回りを続ける予定じゃ。その後は……

少年: 決めてないんですね。

輝夜: あぁ……。よくわかっておるようだな。

少年: あはは……

輝夜: それで、せっかくこんな所で会えたんだ……今日は少し話をしようじゃないか。

少年: はぁ……何かボクに聞きたいことでもあるんですか?

輝夜: まぁな。少年はあのあと……儂と大垣で会った後も、千夏やアカリとは仲がいいのか?

少年: ……仲がイイかは分かりませんが、あのままの関係です。 週に数回真夜中に合うくらいです。

輝夜: そうか。 その関係性が心地よいか?

少年: ま、まぁ……気兼ねなく話せますし時間つぶしにもなってますし……

輝夜: ……悩みの相談とかはしないのか?

少年: そういうのはあんまり。 学校行ってないですし、人付き合いもしてないので悩みなんてないんですけどね。

輝夜: ……そうかそうか。 それはまぁ……その……肩の荷が下りているようで何よりじゃ。

少年: ど、どうも……

輝夜: それでだな。 下田に行った時に、由衣から小説を貰ったな?

少年: あ、はい。貰いました。 結構淡々としてるおはなしでしたね。

輝夜: ……感想としてはそれだけか?

少年: えぇ……まぁ…… 昔はそういう事もあったんだなぁと。

輝夜: 意外とあっさりしとるなぁ。

少年: 怪異のお話なんてたくさんありますし。 雪女の話とか。

輝夜: ふむ。それもそうか。

少年: 輝夜さんもあの本読んだことあるんですか?

輝夜: あぁ。随分と昔に。よく書けておると感心した覚えがある。

少年: ふーん。 あの小説の作者の方を輝夜さんはご存じですか?

輝夜: ……なぜじゃ?

少年: 調べたんですけど、タイトルも本の作者の名前もわからなかったので。輝夜さんなら何か知ってるかなって……

輝夜: ……名前までは憶えていないが、書いた奴に見当はつくな。

少年: へぇ。どんな人なんですか?

輝夜: まず、それを書いたのは作家ではない。そのような職業を志していたかもしれんが、ただのシロウトじゃ。

少年: あぁ……じゃあネット小説みたいなヤツってことですかね?

輝夜: ねっとしょうせつ? なんじゃそれは?

少年: 普通の人が趣味とかで小説を書いて、ネットに公開してるんです。 結構面白いのもあって、たくさん読まれてるのもあるんですよ。 そこからホントに作家デビューしちゃう人もいるくらいです。

輝夜: 今はそんなのがあるんじゃなぁ。 まぁそんな感じじゃ。 暇つぶしに書いたらそれなりのものができたから、本にしたんじゃろう。

少年: じゃあ結構有名なんですか?この本

輝夜: うーん 本にしたといっても神の遣いの間でしか出回らんからなぁ。 儂らの間ではそれなりじゃ。

少年: え?じゃあ、あの本はボクが持ってたらまずくないですか?

輝夜: まぁそうなんじゃが……少年は調べてもその本の情報が分からなかったんじゃろ? てことはニンゲンには知られていないから大丈夫じゃろう。 このご時世、少年が「神の遣いから貰った本」なんて言いふらしたところで、信じるニンゲンもおらんじゃろうし。

少年: 確かに。 でもそれなら、なんで由衣さんはあの本をボクにくれたんですかねぇ。

輝夜: まぁそれは……いずれわかる日が来るじゃろう。そう遠くないうちにな。

少年: そう……なんですか?

輝夜: 多分な。まぁその時が来ればわかる。

少年: はぁ。

輝夜: それじゃあ……儂からの話は終わりじゃ。 気をつけて帰るのじゃぞ。

少年: あ、ありがとうございます。

輝夜: 今回ここであった出来事は千夏やアカリに伝えておく。 これを機にお守りでもこしらえてもらうといい。 もちろんそれなりの対価は必要じゃが。

少年: お守り……ですか? その……カナエさんに連れていかれそうになったからですか?

輝夜: ……そうじゃなぁ。 少年は儂ら怪異に近づきすぎてしまった。それに伴って霊感も強くなってしまったんじゃ。普通ならあの女は見えないんじゃ。

 少年: いつの間にかそんなことになってたんですか…… じゃあこれからもっと強くなるんですか?

輝夜: そうだと思うぞ?本来であれば怪異との接触の回数を下げる……要するに千夏やアカリにこれ以上合わない方がいいかもしれぬが……そう忠告したところで少年は聞かぬじゃろう。

少年: ……

輝夜: だからこそ、変な悪霊に害を受けぬようにお守りが必要なんじゃ。気休め程度にはなるだろう。

少年: ……わかりました。輝夜さんがそういうなら、お願いしてみますね。 お守りっていくらくらいで作ってくれるんですかね?

輝夜: うーん…… 決まった相場はないんじゃ。本人たちに聞け。 金がなければ何日か雑務を手伝うなどの対価の払い方もできなくはない。

少年: 今時そんなのいいんですか?

輝夜: 見知らぬ少年がいきなり神社に来てそのお願いをするのならともかく……アカリや千夏なら交渉の余地はあるじゃろう。 その辺も含めて伝えておこう。

少年: あ、ありがとうございます。

輝夜: それじゃあ……2人によろしく伝えておいてくれ。

少年: わかりました。 輝夜さんもお元気で。 あ、その……一応……助けてくれて?ありがとうございました。

輝夜: ……気にするな。 達者でな、少年。

少年: はい……また会いましょう。

 

そうして、少年はその場から去っていった

 

 

続く

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