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読書記録:いのちは のちの いのちへ ー新しい医療のかたちー 稲葉俊郎

この本とは、運命的な出合いだったな、と思っている。

そのとき最寄りの本屋さんで、”アノニマ・スタジオ 20周年フェア”をしており、そのコーナーの本棚には、デザイン展如く、素敵な装丁の本が並んでいた。その光景に心が躍ったし、これも出合いだ、と思い、一番にビビッときた本を手にとった。

『いのちは のちの いのちへ -新しい医療のかたち-』

驚いた。今のわたしが読むべき本なのでは・・


病院で働いていると、現在の医療(病院)の在り方について、違和感を感じる。
対症療法じゃ、根本的改善にはならないよね・・
救命が幸せに直結するとは限らないんだな・・
どうして健康より目先の仕事を優先する風潮なの?

医療って、何のためにあるの??

予防医学の教育をもっとすべきだし、個人の幸せを、健康をもっと尊重すべきだし、、とは言え、現実的な具体案というのは思いつけないし、そんな綺麗事だけで経済は成り立たないのだろう。
理想と現実って、どうしてこうもうまく折り合いがつかないのだろう。

こんなぐるぐるした思考が、出口を見つける手がかりとなるような地図を、見つけた気がした。



最初は、なんだか抽象的すぎる?と思ったが、その抽象概念こそが大切なのだと気づいた。この概念を元に、具体的な何かを創造するのは、その場にいる、わたしたちなのだ。著者も述べていた。

本来的に私たちは全員が違うからこそ、場自体もいろいろなかたちが誕生し得る。だから私は、固定化した具体的なかたちで表現することができない。(p.247)

本書おわりに より

具体例も紹介されており、「ホスピタルアート」=病院の中で、アートの力を生かそう、という、頼もしい試みがあることを知った。欧米の「1% for Art」(=公共建築などにかかる費用の1%をアートのための費用として必ず使おう)という考え方をもとにしているという。

そういえば、神戸の街も、最近なんだかアーティスティックになってきている。ただの”目的地”や”通り道”ではなく、”心が動く場”になっている。アートがこうして生活の中に入り込んでくるのって、こんなにわくわくすることなんだ。

また、グサッと刺されるようなことも教えてもらった。

私たちは「名詞としての仕事」に就きたかったのだろうか。例えば、人を元気にしたい、人の役に立ちたい、楽しく過ごしたい、など、素朴な思いが核にあるのではないだろうか。それは簡単に職業や仕事という概念におさまりきらない、人の思いが発端にある。(p.124)

本文より

わたしは、資格がもつ名詞としての仕事に、とらわれ過ぎていた。どの業種も職種も関係ない。それぞれに無限大の可能性をもっているのだと思えた。自分が、仕事の幅を狭めていたに過ぎなかったんだ。



わたしは大きな社会に組み込まれた一員でしかなく、その流れを変えるにはあまりにちっぽけで無力だ。でも、こうして新しい医療の在り方を模索し、発信している方がいて、新しい概念を生み出している方、それを実践している方がいることを知った。きっとみんな、ぐるぐる考えながら、やっている。それに、声をあげて賛同したい、と思った。変えることをゴールにするから、1歩目を見失うのだ。変えられなくとも、「今の医療の在り方に異議あり!こんな考え方もあるよ!」って、発信することは、できる。

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