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82.令和のいだてん(3)

先導車がやってきた。
すぐ後ろに、赤いユニフォームの留学生選手が一人走ってきている。胸に桜美林大学と書かれていた。ユニフォームは水を被ったようにびっしょり濡れている。
「ガンバ!」
前のめりになって声をかける。私の記憶が確かならば、昨年も彼がトップ集団で走ってきたような気がする。

【注】彼=レダマ・キサイサ選手(桜美林大)は、私が現地応援に行った第94,95,96回の予選会で3年連続個人成績トップでした。

彼が緩くカーブした道路の向こうに見えなくなった後、また一人ぽつんと留学生選手がやってきた。その選手が走り去ってしばらくして一人、少し間をおいてまた一人。
一人ひとりに声援を送りながら、私は今までにない違和感を感じていた。
私が現地応援に来た過去2回、トップ選手たちがこんなにバラけて来たことはない。しかもまだ日本人選手が誰も来ていない。

トップ選手が走り去ってから2分近く経って、ようやくテレビの中継車両がやってきた。
つまり、その後ろに日本人選手がいるということ。日本人トップが誰かというのは、やはり多くの人々が関心を持っているので、テレビの中継車両はそこにフォーカスを当てているからだ。
沿道から大歓声があがる。選手が集団で走ってきた。各チームのエース級の選手たちだ。数人の集団と、そこからこぼれたらしいさらに数人の選手がバラバラっと続く。
以前も告白したように、恥ずかしながら、私は筑波大学以外の選手たちの顔と名前がほとんど一致しない。だから、ひたすら、ガンバレ!ファイト!と声をかける。

その後すぐに第2集団が来た。大集団だ。
一瞬、目を疑った。

集団の先頭を引っ張っているのは、白地に水色の桐紋の選手。左腕でリズムをとり、右腕で漕ぐような独特のフォーム。
思わず、悲鳴にも似た叫び声が脳天から出た。
「西くん!」
そして、その後ろにピッタリとくっついて走る、もう一人の白桐。サングラスをかけている。
「さるくん!!」
猿橋くんだ。ど、どういうこと?脳が追いつかない。
目の前を通り過ぎる二人を呆然と見送ると、猿橋くんの向こう、他の選手の陰にもう一人白いユニフォームが見えた。長距離選手らしい絞りあがった体形。あの背中は…
「か、金丸く…!!??」
叫び終わらないうちに、3人は走り去っていった。

え、え、えええええェーーーーーッ!?

まだ先頭から20人くらいしか通過してないよね?なのに筑波大学の選手が3人?しかも集団走で西くんが先頭を引っ張ってるって、もしかして…
西くん、ここで勝負に出たァ!?

私は、コーチである弘山勉さんが支援者に報告してきたこれまでのクラファンレポートで、筑波大の弱点の一つに「本番で実力を発揮できない、経験値の乏しさ」があることを学んでいた。「勝負勘の乏しさ」と言い換えてもいい。
勝負勘は実戦で培われる部分が大きい。筑波大は入学時点で全国レベルの実力値を持っている学生さんが少ないので、どうしても公式試合における駆け引きの経験が圧倒的に足りない。
その中で私は、西くんの異色のキャリアに密かに期待していた。
彼は高校2年まではサッカー部所属だった。サッカーは対人競技である。相手チームや味方の状況に合わせて、戦術を臨機応変に変えていくスポーツだ。また一対一になったときの練習もするはず。今年の筑波大チームの中で、対人的な駆け引き面で一番経験がある選手をあげるとしたら、それは西くんだろうと勝手に思っていた。
その西くんが集団の先頭を引っ張っている。この先アップダウンが続く一番苦しい15キロ過ぎのタイミングで、彼は勝負に出ていた。単独だったらそうしなかったかもしれない。けれど金丸くんと猿橋くんも一緒だ。恐らく二人の様子と他選手の動きから、この仕掛けで最悪自分の足を使ってしまったとしても、他大学の選手が振り落とされ二人が残るなら、十分意義があると彼は判断したのではないか。
背筋がゾワッとした。

その後、各大学の選手たちが、数人ずつ団子団子になりながら怒涛のように押し寄せてきた。
その中に、ひときわ小柄な白桐を発見する。
まさか、まさか、まさか…!

「相馬くん!!!」

金切声をあげた。
走り去る後姿に、相馬くん、ファイト!とかろうじて声をかける。
まだ50人くらいしか通過してないはず。それなのにもう4人も来るなんて…

だが相馬くんの30秒ほど後に、またもや白桐のユニフォームが見えたとき、ようやく事態を飲み込んだ。

なぜかはわからないが、とにかく筑波大学がヤバいことになっている。

前傾気味のフォーム、前駅伝主将にして、最後の予選会を走る「医学生」。
いだてんまぁるを胸元でもみくちゃにしながら、狂ったように叫んだ。

「川瀬くん!川瀬くん!!行けーーー!!!」


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