見出し画像

秘密主義者の沈黙

食事会の帰りに友人と話しながら歩いていて大塚美術館の話になった。それでスーラのことを思い出してひさしぶりに部屋にあるスーラの画集を開いた。

その画集はアメリカの田舎でひと夏を過ごしたときに町の古本屋で偶然見つけて8ドルで買ったものだった。画集と言っても薄い。スーラは点描という時間のかかる手法で描いていたことに加え、31歳という若さでこの世を去ったため残された作品は多くない。スーラの作品は実物は太陽の光を感じる明るい画面だが、印刷物や画面では少々暗く写ってしまって残念だ。

中学生の頃から好きな画家を聞かれたらジョルジュ・スーラと答えていた。いつからスーラが好きなのかははっきりとは覚えていない。小学生の頃、大塚美術館に家族で訪れたときの写真にはスーラの絵の前で満面の笑みで写っている写真があったのでこの頃からなんとなくスーラに惹かれていたようだ。小さい頃から美術館にはよく連れて行かれて、ミュージアムショップでいろんな画家のグッズを買ってもらっていた。筒状の厚紙にレンズがついていて、そのレンズを覗くと名画が3Dに見えるおもちゃがあった。私はスーラの「グランドジャット島日曜日の午後」がみえるそれを持っていた。暗い絵が並ぶ中できっとスーラの絵の明るさが子供の私にはよかったのだろう。

スーラの絵は額縁の中と外に境界を感じさせない。あちらの世界に降りそそぐ光もこちらの世界でいま私が浴びている光と同じだと錯覚する。光という形のないものを彼がどこまでもリアルに描いているからだろう。スーラの木炭デッサンをみて感嘆したことがある。とにかく光をとらえることがうまい。白と黒の世界でここまで光をとらえられる人だからこそ、さらなる光の研究によって点描にたどり着いたのだ。


しっかりとスーラに興味を持ったのは、美の巨人たちで彼の「ポールアンベッサン満潮時の外港」という絵が取り上げられた回を見たときだろう。オルセー美術館が改修工事のために作品を外に貸し出していて、日本にオルセー美術館所蔵の作品が来ていた。それで展示されていたスーラの絵と彼の軌跡が番組で紹介されていた。スーラの計算し尽くされた画面、理想の芸術のために科学の目を持って生み出した点描画とそれを完成させる静かな執念に圧倒された。

スーラの点描画は光を分解するという科学的な考え方に基づいていて、彼の憧れだった画家マネには科学は芸術ではないと酷評された。芸術ではないと言われながら自分の信じる芸術のために、点描という気の遠くなるような作業に没頭したスーラ。非常に内向的な性格だったのだろう。秘密主義で私生活について周りに話すこともなく、彼の両親がスーラの結婚と子供の存在を知ったのは彼の亡くなる2日前のことだったそうだ。

そんなスーラの絵の圧倒的な静謐さが好きだった。

だけどひさしぶりに見たスーラの絵は物悲しかった。この自粛期間で十二分に孤独を味わったからだろうか。好きだった彼の絵がもつ静謐さは秘密主義者の冷たい沈黙に感じられた。

家の場所すら教えてくれないスーラよりも、あたたかいハグとキスをくれ、家族の食事に招いてくれる、ボナールやソローリャに会いたくなった。

自分の感性が変わったことに驚く。そしてそのことが人生の救いに思えた。人の感性はさまざまな経験を経て、生きているうちに変わっていく。いまは嫌だと思っていること、どうしたって好きになれないと思っていることもそのうちに好きになれるかもしれない。難しく考えていたことがどうでもよくなって心が軽くなった。

スーラよ、やっぱりあなたは私にとって特別な画家だ。ありがとう。あなたのおかげで私はもっと気楽に生きていける気がするよ。

スーラのことを紹介したnoteを見つけたのでここにも載せておく。

芸術家を学ぶ〜33人目《ジョルジュ・スーラ》|エメ #note https://note.com/brilliantly_a/n/n97c660542098

よろしければサポートお願いします🙇