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ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとサセックスの海魔』 邪神大決戦! ホームズ最後の挨拶

 あのシャーロック・ホームズがクトゥルー神話の邪神と対決するクトゥルー・ケースブックの完結編であります。時は流れ、サセックスで隠退生活を送るホームズ。しかし突然の悲報に、彼は再び起つことになります。ドイツ人スパイの暗躍と、宿敵の再来と――死闘の末に、彼が選んだ道とは?

(以下、本作を含めたシリーズ全三作の内容に触れますのでご注意ください)
 名探偵シャーロック・ホームズの生涯は、実はクトゥルー神話の邪神との戦いに捧げられたものだった。かのホームズ譚は、そのカムフラージュのために、相棒であるワトスンが記したものだった――という、大胆極まりない設定で展開してきたクトゥルー・ケースブックシリーズ。
 その第一作『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』では、出会ったばかりのホームズとワトスンが邪神の存在を知り、ナイアーラトテップの力を操るモリアーティ教授と対決する姿が――そして第二作『シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪』では、その十五年後、一人の精神病患者の失踪をきっかけに、邪神ルルイログに変じたモリアーティとの戦いが描かれました。

 そして第三作にして完結編の本作で描かれるのは、第一作から三十年後、数々の戦いの末に邪神の勢力をある程度押さえ込み、サセックスに隠退したホームズの姿であります。
 冒頭、久々に訪ねてきたワトスンとともに、邪教徒の陰謀を粉砕したホームズ。しかしその直後に飛び込んできたのは思わぬ悲報――あのマイクロフトの死の知らせでした。

 錯乱した様子でホームズに電話した直後に、飛び降り自殺したとおぼしきマイクロフト。それだけでなく、マイクロフトと共に邪神の脅威に立ち向かっていたダゴン・クラブの構成員たちが、皆謎の死を遂げたことを知ったホームズは、執念の捜査で事件の影にドイツ人スパイ、フォン・ボルクがいることを突き止めるのでした。

 そしてボルクとの対決の末、その背後で糸を引くドイツ大使フォン・ヘルリングの元に乗り込んだホームズとワトスン。しかし二人は、罠にかかった末、かつてのイレギュラーズ――蛇人間に引き渡されることになります。
 大きな犠牲を払いながらも辛くも窮地を脱し、サセックスに戻ってきた二人。しかしそのサセックスでは、土地に伝わる伝説の海魔が霧の夜に出現し、既に三人の女性が攫われたというではありませんか。

 海魔の出現を待ち伏せし、その正体を暴いた二人。しかしそれは、二人を待ち受ける新たな、そして最後の苦闘の幕開けに過ぎなかったのでした……

 ホームズが晩年にサセックスに隠退し、養蜂生活を送った――これはいうまでもなく、聖典の「最後の挨拶」等で描かれたものであります。ボルク、ヘルリングと、本作の下敷きとなっているのはこの「最後の挨拶」ですが――しかし本作の内容は、そこから大きく離れた、奇怪なものであることは言うまでもありません。
 実は上で述べたあらすじは、全体のほぼ半分辺りまで。そこからの物語は、予想だにしなかった(しかしラヴクラフトのある作品を連想させる)場で展開し、そして全編のクライマックスに相応しい地に至ることになります。

 正直なところ(これまでのシリーズ同様)ホームズが名探偵として推理を働かせるシーンはそれほど多くなく、また、魔術ではなく推理で怪異に立ち向かって欲しかったという想いは強くあります。
(特にボルクに対してのあれは、場合が場合とはいえ流石に嫌悪感が……)

 とはいえ、絶望的なまでに強大な敵を前にした絶体絶命の状況から、ほんのわずかなひらめきから逆転してみせるのは、邪神の脅威に対する人間の叡智の勝利の姿を描いたものとして、実に痛快というほかありません。
 特に本作で死命を決したものは、ある種の人間性というべきものであり――大きな皮肉と、幾ばくかの切なさを感じるそれは、物語の締めくくりとして印象に残ります。

 そしてクライマックスで繰り広げられる大激闘や、結末に待つオチなど、作者は本当に好きなのだなあと、何だかんだ言いつつ、すっかり嬉しくなってしまうのです。

 シリーズがここで完結するのは、寂しいところではありますが、やむを得ないことでしょう。見事な大団円――最後の挨拶であったと思います。
 そして、実はシリーズには今年出たばかりのスタンドアローン長編があるとのこと(大丈夫だったのかラヴグローヴ)。おそらくは邦訳されるであろう同作を、楽しみに待ちたいと思います。


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