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[研究] 戦場で牛に乗る軍はなぜ無いのか?

※ この記事は筆者のfanboxからの転載(ミラー)です。

https://mitimasu.fanbox.cc/posts/2200996

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興味深いテーマが話題になっていました。
 
 >[B! 歴史] 「牛は馬より強そうなのに、なぜ戦場で牛に乗る軍は無いの?」から始まるいろんな話題 - Togetter
 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1707856

面白かったので、真面目に考察してみたいと思います。
まず、ブコメにある意見から、気になったものを。

  >khtokage 「人が牛を騎乗用の家畜として利用してこなかった理由のひとつには乗りごこちの悪さ」https://bit.ly/3uoduZD  Wikipediaの「駄獣」https://bit.ly/3t8S2Gf や「動物兵器」https://bit.ly/3t8RMaf の項目も面白かった。

のりごこちの悪さというのは、大きな要因のように思えます。しかし、古代における軍馬は戦車(チャリオット)を引かせるために用いられました。平地の少ない日本こそチャリオットが戦争で使われませんでしたが、世界の戦場では基本、チャリオットのために馬があったのです。少なくとも古代においては。とすると、戦場で牛が活躍しなかった理由を乗り心地だけに求めるのは難しそうです。

  >Cald ラクダはウシ目。「馬に乗るまでは牛に乗れ」と言われるからウシに乗ること自体は容易なはず。

というコメントもあり、なるほど、ラクダに乗ってキャラバンが長い距離を進んでいたことを考えると、ウシが乗り物として不適すぎたわけではなさそうです。

では、可能性を思いつく限り検討してみましょう。コナン・ドイルもホームズをして言わしめました。
「マイ・ネーム・イズ・シャーロック・ホームズ」
と。

## 馬は早く、牛は遅い? 両者の移動能力の差

いちばん多く見られた意見は、馬が速いから、というものでした。
これは事実でしょうか?
現代の我々は馬と言うと、ついつい競走馬であるサラブレッドを連想しています。
その走る速度は時速70kmほど。記録では80km/hを超えたものもあるそうです。
しかし、サラブレッドは競争のために品種改良された馬です。
古代~中世の、競争に特化していない馬が、この速度で走れたか、はなはだ疑問です。
近年、戦国時代の甲冑武者を乗せた馬の速度が自転車並みであったというのが豆知識的に、広く知られるようになりました。
人間を乗せないときの木曽馬の全力疾走は時速40㎞程度だったと。
日本の馬はポニーに相当しますから、世界のより大きい馬はもう少し早いとしても、品種改良の進んでいない古代~中世の馬の全力疾走は40km~60kmといったところでしょう。
ちなみにウサイン・ボルトの全力疾走が時速45kmです。
牛はどうかというと、

牛の速度

なんでも教えてくれますね、Google。マックス40km。
この答えを採用すると、なんと、木曽馬と人間と牛の全力疾走、それほど最高速度は変わりません。

いやいや、ウサイン・ボルトの全力疾走は10秒未満です。
NHK『歴史への招待』で検証したところ、
「なんと馬の全力疾走は10分も続かなかったのでした」
みたいな感じで馬をディスっていたと聞きます(未見)。
しかし、全力疾走が10分も続くなら、それは脅威的です。
圧倒的な速度をほこるチーターも、その速度を持続し続けられないことは、よく知られた事実です。
牛の全力疾走がどれほど続くか、情報が得られませんでしたが、馬をしのぐということはないでしょう。
「そこそこの速度で長距離を走れる」
こそ、ユーラシアの大草原に合わせて進化した馬の特徴だからです。

したがって、最高速度はともかくとして、一定の速度を保てる時間の長さをもって、馬は牛より速く、有益であったとは言えるでしょう。

## 牛には高い登坂能力という利点がある

しかし、ユーラシアの大草原に合わせて進化した馬には、弱点がありました。
彼らは斜面に弱かったのです。
木曽馬のような、日本に入って来たモウコウマは斜面の多い日本の地形に合わせて進化したため、斜面に強いと言われています。
が、それも
「斜面に合わせて進化しなかった外国の馬にくらべたら」
であって、基本的に馬という生き物は斜面が苦手なのです。
ところがどっこい、牛は斜面に強い生き物です。
その登坂能力は30°の急斜面も、登れるそうです。

>ススキ型草地における放牧牛を用いた防火帯作りの省力化技術 | 農研機構 https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/warc/2001/wenarc01-13.htmlhttps://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/warc/2001/wenarc01-13.html
 >"牛は登坂能力に優れるので、傾斜度30度までは放牧による防火帯作りが可能である。"

30°というのは、スキージャンプ競技のジャンプ台とほぼ同じ角度で、上から見るとこんなんです。

画像2

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Okura_Sky_Jump_-_panoramio.jpg
Author tmohanaraj
License CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/deed.ja

こういう斜面をもりもり、昇り降りできる。
世界は、日本のように山ばかりの国ではないとはいえ、山岳地帯を防衛拠点にするというのは日本と同様にやっていました。
ならば、馬の苦手な山岳地帯を攻める際に牛を用いるということがあってもよさそうに思えます。
しかし「牛に乗った軍団」というのはスタンダードになっておりません。
せいぜい戦術として牛を用いたケースがいくつかあるに過ぎない状態です。
高い登坂能力というアドバンテージをもってしても、牛は馬と互角にならなかったのです。
牛が用いられなかった理由は移動能力以外の部分も大きいと推測できます。

## 牛は騎射に向いているのか?

このテーマについて、筆者がまず考えたのは、これでした。
和流騎射術では、アブミに立って騎射をします。これを立透かしと言います。
やってみればわかりますが、上半身だけ回して後ろを向くには、ある程度、腰をねじる必要があります。
腹から上だけ回して後ろを向こうといても、せいぜい斜め後ろを向くのがせいいっぱいです。
これではパルティアン・ショットは撃てません。
アブミに立って、ちょっと腰を浮かして、腰から上をねじって後ろを向いて騎射する。
このとき膝で馬の胴体をぐっと挟んで落馬しないようにしなければなりません。
こうして書く分には簡単ですが、やってみると、アブミに立つという時点で、もう難しいものでした。
固定されておらず吊り下げられてるだけですからね、アブミ。
吊り輪に立つようなもんです。
ひざで馬の胴体をグッと挟んでと言われても、動いてない木馬ならなんとかというレベルで、激しく動く馬の背で不安定なアブミを足場に膝の力だけで自分の体を支えるなんて、簡単ではないと思いました。
横浜は根岸にある馬の博物館での体験(木馬)です。

まあ、そんなわけで、海外の騎射術だって後ろ向きに矢を放つときは、アブミに立って膝で馬の胴体をグッと挟んで(あるいは腰を回した状態で座りなおして)……とやるのでしょうし、それは体の横幅(肩幅または坐骨幅)の大きな牛では難しいんじゃなかろうか?と思ったのです。
しかし、これはまったくの見当違いで、よく考えたら牛が馬より体の横幅が大きいなんてこと、なかったのでした。
単に、馬のほうがシュッとしているという勘違いから生じた誤解だったのです。
誤解でしたので、私のブックマークコメントは削除しました。
しかし、これが誤解だとすると、牛でも馬と同様の射撃ができたことになります。
鞍とアブミを装着すれば、牛からパルティアン・ショットが可能だったことになります。
もっともパルティアン・ショットとはヒット・アンド・アウェイの戦術ですから、(大きな差はないとはいえ)速度で劣る牛よりは馬が優先されたのは、うなづけます。

## 牛は馬よりエサが少なくてすむ

牛は反芻して植物から栄養をとることができますが、馬は反芻ができません。したがって、馬は牛よりエサを多く必要とします。
コスパ的に牛にメリットがあったわけです。
それでも牛が軍隊の乗り物とならなかったわけですから、よほど、牛が向いてない理由があったと推測できます。
反芻してる時間が長くて使い物にならなかったのかもしれませんが、それを言い出せば馬だって大量に食べなきゃいけないぶん、食事時間が長くかかるわけで。

## 牛は馬より飲み水を必要とする

しかし、牛は反芻するために、馬よりも水を必要とするようです。
消化のためにも、腸内環境を整えるためにも。
牛と馬が一日にどれほどの水を必要とするか。
こんなの、比較して調べた研究なんて、あんまり無いみたいで、調べてもけっこうバラツキがありました。
特に、牛が必要とする水分の話は「乳牛が必要とする水の量」ばかりヒットしてこまりました。
乳牛はとくに、水分を必要とするそうです。
おっぱいなんて、おっぱいなんて、中身は水なんじゃあああ(うすうす、知ってた)

 >草うしの生態について基本的な話/牛を健康に飼うには:草うしのお話 - 草うしのおじちゃん http://kusaushi.com/story/10/03.html

↑こちらのページによれば、

 >成牛が一日に必要な水分摂取量は気温20℃で40~50リットル

であるのに対し、馬は

 >馬の飼養管理について(PDF)https://company.jra.jp/bajikouen/health/kaiyou.pdf

によると、

 >安静時は 1 日 15~30Lの水を必要とするため、運動時にはその 1.5~3 倍の水分が必要になる。

とのこと。あるブログでは、夏には最低80リットルと書いていました。競走馬として育成している馬なら、運動しないなんてことはないでしょうから、そうなのでしょう。
とすれば、牛もまた運動時には1.5~3倍の水が必要になると考えられます。

ともあれ、牛の方が馬より倍ちかく、水を必要とすることがわかりました。
行軍や籠城戦において、水の確保は死活問題です。
国境の山岳地帯では水の確保は難しいものです。
籠城戦において、水をガバガバ消費されては、戦えるものも戦えなくなります。
とすれば、この点において、牛はきわめて戦場に向いてなかったと断言できます。

## 馬は知能が高い

この点は、ブクマでもいくつか指摘がありました。

 >脳化指数 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E5%8C%96%E6%8C%87%E6%95%B0

リンク先のウィキペディアの記述にも


 >知性には脳の多くの特徴が関与しており、脳化指数だけで判断することはできない


とあり、それは全くその通りなのですが、ある程度の目安にはなると考え、話をすすめます。

脳化指数で比較すると、ウマは0.9で、ウシは0.5です。
牛は馬より、知能が劣ると言えます。
実際、サーカスなどで芸をする馬はよく見かけますが、芸をする牛というのは、ほとんど見たことがありません。

この、「芸を仕込むことができる=人間の役に立つ動きを学習させ、実行させることが可能である」という点は、戦場での乗り物として馬が採用されるようになった、きわめて大きな理由でしょう。
馬に乗った戦士は、弓矢を放つとき、両手を手綱から離さねばなりません。片手に弓、もう片手に矢を持てば、馬の操作はせいぜい足と声での指示になります。
こういうとき、主人の考えを読んで、日頃の訓練の通りに動くことができる。
それこそが戦場における乗り物として、馬が不動の地位を確立した理由です。
戦場では一分一秒の遅れが生死を分けるものですから、愚鈍な家畜を脅し、なだめすかし、ムチをふるい鼻輪を引いて……とやってる暇はないのです。
馬は、射手にとって操作しなくてもある程度は自律的に動く、このうえなく便利な移動砲台の足でした。
人馬一体の境地というような高度な芸当は、牛にはできなかったのです。

犬が馬ほども大きくて筋力があれば、馬の出番はなかったかもしれません。オオカミ(犬の先祖)が馬ほども大きかったら、人間が家畜化できてたか、はなはだ疑問ですが。
それどころか人類、食われて絶滅してたかもしれません。

ラクダは馬以上に脳化指数が高いのですが、彼らは寒い地域に対応できませんでしたから、戦争史においてウマほど大きな役割を見ることはできませ……いや、そういう風に思ってしまうのは、ヨーロッパを中心に歴史を見てしまう、悪い癖です。

>駱駝騎兵 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A7%B1%E9%A7%9D%E9%A8%8E%E5%85%B5

実際にはラクダは人類の戦争史において、(地域は限定されるけれども)活躍していたのでした。

## 筆者の結論

Q:牛は馬より強そうなのに、なぜ戦場で牛に乗る軍は無いの?
A:ひとつに、戦闘で必要な指示や行動を学習・実行させることが馬は容易で、牛では難しかったから

  もうひとつに、それなりの速度で、他の動物より長く走り続けることができる持久力が馬にはあったから

  さらにもうひとつには、牛は戦時に貴重な水を大量に必要としたから

  ただし、ラクダ(ウシ目ラクダ科)を広い意味でウシの仲間と見なせば、戦場で牛に乗る軍があったと言えなくもない

なお、牛が活躍しなかったのは戦場においてであり、補給など物資の運搬では牛は軍隊になくてはならない家畜でした。
歴史学者の服部英雄先生の言葉を借りれば、
「馬は乗用車、牛はトラック」
だったのです。

以上です。おつきあい、ありがとうございました。

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