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強き者・弱き者

種子法廃止に反対です。
元農水大臣の山田正彦さんの活動に頭が下がります。
2020年に書いた物です。


 2020年9月に農家や農業団体の反対を押し切って臨時国会で決議された種苗法は、予想された以上に不当で厳しいものだった。
「育成者権者」という名の後ろに、いつの間にか大きな顔を始めた民間業者がいて、農家が登録品種を自家増殖するためにお金を払い許諾が認められるという法律の、その始めに待っていたのは今現在農家が持っている種を全て提出せよというものだった。
 
 自家増殖の禁止は登録品種だけだから影響はないと国は言っていたはずだが、蓋を開けてみるとほぼ全てが登録品種とされていた。
 登録品種の作付割合は、米で 16%、野菜が9%に過ぎないのでほとんど影響はないと農水省は説明していたが、それらがいきなり自動的に100パーセント近くになってしまったのだ。
 
 種苗法改正を廃案にしようと戦っていた人々も「国は徐々に登録品種を増やすだろう」と睨んでいたが「まさか、いきなり全てか!」と絶句するしかなかった。
そして、全ての種を提出せよということは、今後は全ての農家が一から種を購入しなければならないという命令でもあったのだ。
 世界規模の軍産複合体の一翼を成す連中に、日本の政治家や官僚たちが太刀打ちできるはずもなく彼らの描いた計画通りにことが運ばれていただけだった。
「悪法なんかに従ってたまるか!」
「次の選挙でひっくり返してやる!」
と、勇ましく言ったところで国家権力に逆らえるはずもなく虚しく次々に逮捕され、自家採種の種を全て没収され、高額な罰金を請求される農家が続出した。
 
 そんな中、東北の農家の女子中学生の「#種まき作戦ヨーイドン!」というハッシュタグが瞬く間に広がり、彼女の「#種まき作戦ヨーイドン! さあ農家のみなさん。畑に撒いちゃいけないなら、そこらじゅうの土に撒きましょう。勝手に出来た種は自由だよ〜」が日本を超え、世界の言葉でリツィートされていった。

 日本の農家が種を撒いた場所はまさに全ての土の上、日本全土だった。
舗装されていない駐車場、山、河原、小中高大学の校庭の隅、道路脇、側道、街中の小さな公園から大規模な国立公園、ゴルフ場、工事現場、自動車教習所、自衛隊基地、米軍基地、石油備蓄基地の敷地、病院の生垣、霊園、神社仏閣、広大な自動車工場から町中の工場、遊園地、全国の緑地帯、そして皇居の周りにも。
住宅街にある公園では子供たちと水遊びする主婦たちが勝手に生えた野菜に水やりをし、マンション前の植え込みに芽を出した野菜は管理人や住人たちの手によって育てられ、農家の二男、三男が多い自衛隊員たちはポケットに忍ばせた種を基地内に撒き、米軍基地のゲート前に巻かれた種はタイヤに付着して基地内へと入っていき、日本全土のそれぞれの土に合う種たちが芽を出していった。。
圧倒的な面積への、あらゆる種類の種まきに警察をフルに動員しても完全に取り締まれるものではなく行政はお手上げ状態になった。


 スイスのレマン湖を見渡せる一面に広がる濃い緑の芝生の奥に立つ古城に、高級車が次々と止まり背の高い紳士とドレスで着飾った淑女、その家族200人近い人々がお城を改修したレストランに入っていった。
  大理石の床を進むと巨大な絵画が来客を迎え、ドアボーイが開けた中へ入ると贅を尽くしたシャンデリアが七色の光をテーブルクロスに落とし、弦楽四重奏の生演奏が彼らの虚栄心をくすぐる。

 全員にシャンパンが渡された合図を見て一人の人物が立ち上がった。
「ここに集いし強き人々よ。世界の種を制した我らこそ世界の支配者である。政治家には選挙があるが、我らには無い。彼らは我らの言うがままに生きるしか無い。我らと我らの子孫が永遠に地球を支配する。強き者たちよ、永遠なれ」
乾杯の後に豪華な料理が次々と運ばれてきたが、200人近い彼らの好みに応えるようにフレンチ、イタリアンのメイン料理の他に中華料理とヘルシーな日本料理もあった。
 勝ち誇った彼らの和やかな時間は、60分ほど過ぎに一人の女性がグラスを持ったまま突然倒れたところで空気が変わった。あちらこちらでガラスや陶器の割れる音がして、テーブルに吐く者で溢れた。

 キッチンに通じるドアが開くと白衣を着た20人ほどのコックが出てきた。
乾杯の挨拶をした男が床に倒れているの見て、総料理長と思われるイタリア人コックが声を発した。
「欲望を満たすためには手段を選ばぬ人々よ。自らは作物を作らず、調理もせず、生涯キッチンに入ることすらしないであろう弱き者たちよ。何を信じて諸君らは食べ物を口にしているのか。何を根拠にその食べ物が安心であると信じているのか。我々は諸君たちの食べ物にケミカルな毒物は一切使っていない。世界各地にある、毒を保有する植物を調理しただけである。私の両親はイタリアの農民であり、毒性の植物は子供の頃より口にしないよう匂いと微量を口にして教わってきた。ケミカルな毒を使わなかったことで私たちの良心はそれほど痛まなくて済む。弱き者たちよ。君たちの内臓が強ければ生きることは可能であろう。しかし、ここから生還した者は今後、自ら作物を作り、自ら調理しなければスプーンいっぱいのスープですら口に入れることはできないであろう」

                         完

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