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PS.ありがとう 第19話

“レイナちゃんママいつも気にかけてくれてありがとう。これを読んでる頃はきっと祐輔さんの不倫を確認できてるね。私もおかげで東京に同行できそうやわ。うまくいったら美味しいもの食べに行こうな。”

レストランで祐輔が女性といるところが浮かんだ。密談をしているところをスマホで隠し撮りしている自分もそこにいる。まるで探偵にでもなった気分だ。

そこさえ押さえておけば東京行きは確実なものになるだろう。胸の中で期待が膨らむ。目じりが下がるのが自分でもわかった。

“PS.ありがとう”

おまじないの一言を付け加えて手紙を折りたたんだ。この日は朝方まで頭が冴えまくって、深く眠れなかった。

レイナちゃんママに教えてもらいレストランの向かいにあるカフェでその時が来るまで時間をつぶすことにした。晩御飯は作ってある。お風呂はママが帰るまでは待つように晴香に伝えてある。

レイナちゃんママの指定する席に座り、こっそり祐輔の浮気現場を撮影する。それさえできればもうこっちのものだ。映像をもとに東京行きを直談判する。不倫のことは許すし、子供には黙っておくと言えば、祐輔なら仕方なく賛成してくれるだろう。

ワクワクが止まらない。夫の浮気を喜ぶなんてどうかしている、少し前ならそう思っていただろう。夫が浮気している事実を知って喜ぶ妻がこの世にはいるのだ、自分がそういう立場になってわかった。

自分の場合はまだましだろう。話しかければ冗談も返してくれるのだから。それでも不倫していたら仕方がない、そう思っている。なぜなら夫婦の関係はうまくいっているとは思えない。

夫婦の営みがない、というだけではない、子供のことには祐輔はノータッチに等しい。本当はもっとみんなと話をして関係性を持ってもらった方がいい。でも今は仕方がない部分もある。もともと大阪にあった本店を東京に移転させる、祐輔はその計画のプロジェクトリーダーという立場だ。今のところはさすがに、もっと家のことも見てよ、とは言いにくい。

だからと言って不倫を認めるわけではない。そしてこんなに忙しい時に不倫をしている、祐輔はそんな自分本位な人ではないと思っている。ある部分そうではないことを信じている自分がいる。

じゃあ自分は何をしたいのだろう。答えは明らかだ。たとえ事実ではなかったとしても東京行きを実現したいだけだ。例え勘違いだったということになっても、気持ちはわかってもらえる、そんな甘い気持ちも奥底にはある。よっぽど自分の方が小さくて汚い人間だ。それくらいはわかっていた。それでも東京に行きたい。

瑤子は祐輔に顔がばれないように、マスクにサングラス、ふちの大きな帽子をかぶっていた。まるで大物女優みたいだ。カフェの窓側の席に座りレストランの入り口を見ていた。6時50分位から見ているが祐輔の姿はいっこうに現れない。

時計は7時20分を過ぎている。7時には来るといっていたはずだ。約束がなくなったのか?不安になった瑤子はレイナちゃんママにラインを入れた。

「まだ来んよね。私が見逃しているってことないかな?」

レイナちゃんママからは5分位して返事が来た。

“まだ来んのよ。私の聞き間違いやないとええんやけど。もう少し待ってみて。私も来たらすぐにライン入れるから“

やはり来ていないのか。心が灰色になっていく。このまま来なければ東京行きが遠のく気がした。そう思ったところで、2人のカップルがレストランに入って行くのが見えた。時間は7時半をすぎたところだ。

スーツ姿の男は祐輔に間違いなかった。女性は白いブラウスに薄いピンクのスカーフを巻いている。上品な感じのする女性だった。

「私の方が魅力があると思うんだけどなあ」

独り言を言いながら席を立ち、レジで支払いを済ませると横断歩道を渡った。

「今入るの確認したから、今から行くわ」

レイナちゃんママは見る暇がないだろうと思いながらも、一応ラインを入れておいた。

瑤子がレストランに入るとレイナちゃんママが駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ」

そう言いながらレイナちゃんママが目配せをした。

「ついてきて」

レイナちゃんママは小声でそう言いながら店の奥に進んでいく。瑤子は黙って後を追った。レストランはとても広く、祐輔は店の角に当たる席に座っていた。祐輔たちの横を右に曲がりさらに奥に進んだ。さすがに横を通るときは顔を伏せた。

レイナちゃんママが案内してくれたのは、祐輔の背中側から3席奥の4人掛けの席だった。後ろには二席しかない。

「祐輔さんが気が付くといかんから、背中側の方がええかと思って」

メニューを手渡しながらレイナちゃんママが話しかけてくる。

「私もその方がいいと思う。ありがとう、あ、それとこれね」

前日にしたためていた手紙を手渡した。

「ご飯は食べてきたから、アイスコーヒーをお願いね」

「アイスコーヒーを一つですね」

レイナちゃんママが仕事用の顔に戻ったのがマスク越しにわかった。

じっと見てるのも変だから、持ってきた雑誌を読むふりをしながら、祐輔たちをうかがう。長髪の女性はきれいな二重の目に鼻筋がすっとのび、とてもきれいな顔立ちをしていた。

「私の方がきれいよ、泥棒猫」

使ったことのない言葉がすらすら出てくる。ふと女性と目が合った気がした。女性がじっと瑤子を見ているようだ。祐輔も背後を気にし始めた様子だ。

まずい、思わず雑誌を立てて顔を隠した。少しずつ雑誌を降ろす。2人は元の姿勢に戻り談笑しているようだ。何がそんなに楽しいかね、心の先端が針のように尖っているのが自分でもわかる。

「アイスコーヒーをお持ちしました」

レイナちゃんママとは違うウエイトレスが、アイスコーヒーを瑤子の前に置いた。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか」

「はい大丈夫です」

ウエイトレスがいなくなり、ふと考えた。これをどうやって飲もうか。万が一のことを考えると帽子もサングラスもとりたくない。当然マスクもだ。

仕方がないので、マスクを着けたまま隙間からストローを口に差し込んだ。ふと道路側を見ると、ガラスに自分の姿が映っていた。何かに追われている人にしか見えない。そんな自分の姿にアイスコーヒーを吹き出しそうになった。

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