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#36握力のあるうちに。

出かけ先で、喉がかわいたときにペットボトルを購入することって、よくありますよね。わたしはそれを買ったとたんに、ポイとテル坊かミドリーにわたします。何故でしょう?それは…、

自分では開けられなくなってきたから。(NHKのチコちゃん風に言いたいところ)

なんと悲しい出来事でしょう。まさかこんなときが自分にやってくるとは。握力が落ちてきていることに気づき始めたのは、数年前。テル坊とよく登山に出かけていた頃です。山頂まで無事歩きつづけて、四方八方にひらけた広大な風景をながめ、満足感いっぱいに額の汗をぬぐい、さてイオン飲料でもいただこうかと、ザックの横のポケットに入れてきたペットボトルに手をかけたものの「開かない…」。

登山で疲れていたせいかと考えましたが、地上にもどってきてからも、やはりわたしはペットボトルのふたを開けられませんでした。くやしい、くやしすぎる。家にひとりでいるときに、この状況におちいったときには、ふたの周りに輪ゴムを巻いて、その上からふきんで掴んでグリグリっと回すようにしています(そうすると力が加わりやすいそうです)。

家事をしていると、なにかと袋づめされたものたちの、袋を開封する作業があります。最近のわたしは、三回トライして開けられなかった場合、無駄な抵抗はせずにハサミでチョキチョキと切って開けることにしています。(100均で握力の筋トレグッズのハンドグリッパーなるものを購入して、試してみたこともありますが、すぐに諦めてしまいました。かなり疲れるんですよね。)

力を失った両手のことで、いちばん家族に迷惑をかけ、またバカにされたのは一昨年前の春、ミドリーの引っ越しのときでした。ミドリーの一人暮らしの部屋を解約して、いっしょに住むようになったのですが、みんなで引っ越しの相談をしていると、
「荷物はそれほど多くないはずだから、引越し業者に頼むほどでもないよ」
と、テル坊がいいました。
「おれも若いころは、大型の車を借りて、友だちに手伝ってもらって引っ越ししたよ」

(若いころって、一体何十年前のことをいっているの?)

わたしは内心思いましたが、口には出しませんでした。だって春の引っ越しなんて、半端ないくらいお金がかかるのです。がんばれるなら自分たちでやったほうが、うんと節約できるのです。

テル坊がレンタカーの手はずを整えてくれて、前日の夜から、わたしとミドリーは部屋に泊まり込み、手際よく荷物を運び出す準備をしました。当日、朝食をすませてしばらくすると、大きなワゴンに乗ったテル坊がアパートの一階に到着しました。(ちなみにミドリーの部屋は4階でした)

「先にこっちを運んで」
「じゃあ、次いくよ」
引っ越し業者のリーダーにでもなったつもりのわたしは、次々と威勢良く指示を出していきます。

「大きなものから順にのせて。小さいのは隙間に詰めていくから」
テル坊も若かりし頃の青年にもどったつもりのようで、テキパキと階段をのぼったりおりたり。

次はベッドのマットレスに手を出そうという場面。
「ミドリー、そっちもって。母ちゃんが反対側をもつ!」
わたしは、よいしょとマットレスを持ち上げました。

ドスン。

「あ、ごめん、落とした」(わたしの謝罪)
もう一度、よいしょ。

ドスン。

なんと、たかがシングルベッドのマットレスをわたしは持ち上げられなかったのです。

結局その日の引っ越しは、大型の重たい荷物はテル坊とミドリーが汗水垂らして運び出し、今の家に運び込むことになり(今は3階に住んでいます)、わたしは必死に荷物を抱える二人の姿をみて、おかしくて、それに自分がもう運ぶ手伝いができないことが情けなくて、わらって、わらって、わらいこけてしまいました。

「母ちゃん、わらってる場合じゃないやろう!」(ミドリーの怒声)

だってもう、あの時はわらうしかなかったもの。これまで二十数年のあいだに何回も引っ越しをくりかえして、重たい荷物だってなんだって、運びつづけてきたわたしだったのに…。まあ、腰を痛めることもなく無理せずにあきらめたことは、我ながら潔かったと思っています。

今こそ、全国の若者たちに告げる!なんの苦もなく、スナック菓子のふくろをパカンと開けることのできる、その幸福を存分に謳歌せよ!

(←そんなことを大声で叫ぼうとしているわたしは、一体何者?という気持ちも勿論あります)

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