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#70今年の桜。

「わあ、もう満開だ〜!」
飛行機で空を飛び、あっという間に九州に帰省したわたしは、電車の中から見える満開の桜に心を奪われてしまいました。この春、関東も急激に気温が上がり、汗ばむ陽気の日もありましたが、ここまでの桜の開花をわたしはまだ目にしていませんでした。

ガタン、ガタン。ガタン、ガタン。
揺れている電車の中から一人だまって桜を見ていると、自然と心が落ち着いていくのを感じます。帰省の前日、実家に電話すると、両親は親戚のご夫婦に連れられて川沿いの桜の名所に出かけ、お花見しながら弁当を食べていたようでした。
「良かったねえ、夜桜を観に行けて」

今年もまだ両親がそろって実家で暮らしていて、桜の花を楽しめたことがありがたいなと思いつつも、わたし自身は介護関係の手続きをしなければと心の重たい帰省でした。実家に戻る前に自分の用事を済ませようと、年末にアートメイクを施していただいた先生のご自宅を訪問しました。本来アートメイクは彫りを施してから三週間後に二度目の彫りを行うらしいのですが、わたしの場合、遠方のため三ヶ月後の施術となったのです。

「どうですか?眉毛のお手入れは?」(先生)
「とても楽になりました。ほぼ何もしなくても大丈夫です」(わたし)
わたしの目の上に鎮座している眉毛をチラリと見て、先生もニッコリと微笑んでいます。施術を受けるのが二回目ということで、まるで知人に会ったかのような親しみが湧いてきます。60代半ばの先生は、旦那さまが体調を崩し短期入院中だと言いながらも慌てた様子もなく、二人でお喋りにも花を咲かせる時間となりました。

「年を取るって特別じゃないし、ほんとは皆、順番に通っていく道なんだけどね」
両親の状況(母が認知症で、父も物忘れが進んでいる等)を少し話すと、先生は自身にも言い聞かせるような口ぶりでそうつぶやきました。それを聞いて、わたしも肩の力がフッと抜けた気がしました。

先生は大型犬のラブラドールを室内で飼われていて、「これで四頭目なの」と頭を撫でながら犬の話をしてくれました。犬はそれぞれに性格が違っていて、その子はとてもデリケートなのだそうです。ホテルに預けると排泄もしないし食事も受け付けないくらい。

「チャレンジしたことはあるんだけどね、引き取りに行ってから家に帰ると、ものすごい大量のウ○チをしてね、こ〜んなにたくさんのものをお腹に溜め込んでいたのかと思うと、涙が出ちゃって。犬もいろんなこと感じながら、生きてるのよね」

と、ウ○チの量を両手でジェスチャーしながら話してくれました。

「動物を飼うのって大変よ。長い時間、外出もできないし」と言いながらも、先生がちっとも世話を苦にしておられない様子が、こちらに伝わってきます。ワンちゃんは、わたしたちの会話をそばでだまって聞いていて、時々ピクンと耳を動かし先生の顔を見つめていました。人の言葉もだいたい分かるそうです。

無事にアートメイクを施していただき、恐らく二度と会うこともない先生と「お元気で」と挨拶を交わしお別れしました。実家に向かうわたしの心は、たったの二時間足らずでずいぶん軽くなっていました。

(人間ってすごい。目には見えないけどエネルギーのやりとりをしているんだな)
相手との関係性の深さや、具体的な話の内容云々よりも、お互いの心がうまく繋がった時には、人と人とのあいだでエネルギーの交流が起きているように感じます(きっと先生は、わたしより少しだけ老いや死を受け入れておられて、その感じがわたしにも伝わってきたのでしょう)。

「桜ってきれいよねえ」
駅までの道を送り迎えしていただいた時に車中からみた桜の景色が、わたしの「今年の桜」の思い出の一つになりました。

追伸:帰省中は雨の日も多かったのですが、曇り空の日に、両親と家の近くの山の上のお寺に出かけて、満開の桜の下でお弁当を食べることも出来ました。急な階段を母の手を握って登り、父には転ばないようにと声かけしながら見晴らしのよい場所に到着すると、「ここは大昔、おれが小学生だった頃に遊びにきていたんだよ。きっと此処に来るのはこれで最後になるな」と父が懐かしそうに話してくれました。

「そんなことはいいけど、二人を此処で転倒させては元も子もないわ」
心配性のわたしにとっては、無事に二人を連れて下に降りるまでハラハラドキドキの、小さな冒険の思い出になりました。




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