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龍神さまの言うとおり。(第3話)

私立青雲高等学校の保護者会。
教壇に立つ男性教諭の話しによると、PTA役員は、ひとクラスあたり合計五人選出する必要があるとのことであった。そして、五人それぞれに独自の役割が設けられているらしい。

「PTAの役員にも、いろいろありまして、その中でも半年に一回発行するPTA季刊誌の編集員はリモートでの作業が可能ですから、お仕事に影響なく活動できると思いますよ。また、男性の保護者様にご参加いただけると、組織としては非常に引き締まりますので、是非お願いします」

苦笑いをしながらも洋介は、もう一人この場に来ている男性の保護者と視線を合わせた。

「では、お二人のうち、どちらかの方に編集員をお願いできませんでしょうか?何なら、ジャンケンで決めても・・・」

そんな男性教諭の声に賛同するかの如く、教室内には再び女性たちの拍手が湧き起こっている。

「では、ジャンケンしますか?」

洋介の席から、となり一列離れて座っている別の男性保護者が仕方なさそうに、そう言いながら席を立った。無言で頷いた洋介も、仕方なく立ち上がると、もう一人の男性の方を向いてジャンケンをしたのだった。

「えっ、負け?」

洋介は、思わず自分が出したチョキの指を見つめた。相手はグーを出している。茫然とした様子の洋介とは反対に、その男性は勝利の嬉しさを隠しきれないようで、マスク越しに目は笑っている。

「三河さん!おめでとうございます。では、これから来年の三月まで編集員をお願いします。それと、今年の四月から今日まで、学校からの指名で臨時的に編集員をしていただいた佐倉さんには、この後、三河さんへの引き継ぎをお願いします」

男性教諭はそう言うと、残るPTA役員四名を、前任者を除外した上で、あみだくじによる選出で決めたいと話し始めていた。

「佐倉さんだって?もしかして、さっきから視線を感じる、あの女性か?」

男性教諭が続けている話しを聞きながら、洋介は心の中でつぶやいた。そして次の瞬間、洋介は初めて斜め後ろへ顔を向け、佐倉という女性の顔を正面から見たのだった。

軽く会釈をした洋介に対して、その女性は目元をほころばせながら嬉しそうに頷き返した。そして彼女は、おもむろに髪をアップに止めていたヘアーピンを外すと、肩まで伸びた栗色の髪を手櫛で整えたのである。

「まさか・・・」

その仕草に見覚えがあった洋介の脳裏には、かつて二十六年前の高校時代に付き合っていた北山恭子の姿が、ぼんやりと蘇っていた。

そして彼女は、顔に付けていたピンクのマスクを外すと、微笑みながら洋介を見つめた。その大きな瞳と気品のある顔立ちは間違いなく、あの高校時代の恭子である。

「やはり・・・」

思わず洋介は、そうつぶやいて、自分もマスクを外した。

「こんな偶然が、あっていいのか・・・」

まるで時間が止まったかのように二人は、お互いを見つめ合っていた。そして同時に洋介は、無意識に頭の中を二十六年前の高校時代へとタイムスリップさせていたのだった。

二十六年前。
北側は瀬戸内海に面し、西側は宇和海を挟んで九州と向かい合う地形の愛媛県・八幡浜市。この場所は、山の緑と海の青さが美しい港町である。また、入り江に沿うように山の斜面で広がるみかん畑は、そんな港町を見下ろすように棚状で連なっている。そして、市内の中心地にあるフェリー埠頭から車で五分ほど東へ走ったところに、県内でも有数の進学校である県立八幡浜高等学校はあった。

洋介と恭子は、それぞれ別の中学校を卒業した後、この県立八幡浜高等学校へ入学した。しかし、お互いの存在を知ったのは、高校二年で同じクラスになってからである。その年の夏休み、進学校ならではの補習授業が始まると、生徒の多くは、九月初旬に開催される体育祭の準備をするため、授業後は教室や体育館に集まり、小道具や衣装、そして大型パネルなどの製作をすることが平日の日課となっていた。

洋介は生徒会で体育祭の実行委員をしていたことから、授業後は、その運営会議や雑務をするため生徒会室にいることが多かった。一方、恭子は自分のクラスメイト達と共に、体育祭の演目のひとつであるダンスタイムで使用する衣装を教室の中で作っていた。

午後五時頃になると、ほとんどの生徒は自分の役割りを終えて帰宅するのが通常であった。洋介も、生徒会室での会議や雑務を終え、帰宅前に通学カパンを取りに戻ろうと教室のドアを開いた。すると、誰もいない教室に、ただひとり自席に座っている恭子の姿を見つけたのだった。

以前から恭子の視線を、それとなく感じていた洋介ではあったが、洋介もまた、恭子のことは気になる存在として密かに好意を抱いていた。

「あれっ、まだいたの?」

誰もいない教室内には二人しかいない。この状況に、洋介は内心ドキドキしながらも、敢えて平静を装いながら声をかけた。すると恭子は、はにかんだように頷いた後、ゆっくりと座っていた席を離れ、洋介のほうへ近づいて来たのである。

第4話へ続く。


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