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「フレンパ」~友だち以上父親未満~ 第20話(最終話)

「あら、何だか秘密のお話し?すごく、楽しそうだけど」

そう言いながらカウンターの奥から出てきたスナック・カノンのオーナーママである佳乃子は、おつまみにと、冷や奴、きんぴらごぼう、そしてポテトサラダの三品を、それぞれ、ふたりの前に並べた。

「わぁ~、美味しそう。早速いただきます」

「どうぞ、召し上がって。おかわりも、ご遠慮なく」

嬉しそうな笑顔を見せている亜矢子がいることで、佳乃子も今日はめずらしくツンとした表情は、まだ見せていない。

「美味しい。これぞ、おふくろの味って感じがする」

亜矢子の言葉に、佳乃子と吾朗は目を合わせながら、微笑んだ。

「亜矢子ちゃんは、日本生まれのカナダ育ちだけど、日本の味は大好きみたいだね」

何気なくそう言った吾朗の言葉に佳乃子は敏感に反応し、笑った顔を少しこわばらせると、吾朗のほうへ視線を向けた。カラオケボックスの騒動を連想したのか驚くほど勘のいい佳乃子に、吾朗は目を合わせながら思わず頷いたのだった。きっと佳乃子は、吾朗が泣かせてしまったという女性社員が亜矢子であることに気づいたに違いない。

「そうだ。亜矢子さん、何か歌わない?」

佳乃子が、吾朗との間に漂う空気感を変えるように敢えて明るい声色で、おつまみを美味しそうに頬張る亜矢子に話しかけた。

「そうですね~、じゃあ・・・」

亜矢子は、そう言いながらカラオケのリモコンを操作し始めた。そして、流れてきた曲は、イフ・ウイ・ホールド・オン・トゥゲザという、ダイアナ・ロスの歌だった。

「これって・・・」

「そう、あの古いポータブルカセットに入ってた曲よ。お母さんが、いつもカセットを鳴らして聴いてるから、全部覚えちゃった」

曲のイントロを聴きながら亜矢子が吾朗に言った。そして、初めて聴く亜矢子の歌声に目を細めながら、吾朗はポケットから煙草を取り出し、火を点けた。二十八年前の情景が吾朗の脳裏に蘇ってくる。

「綾島くんに似て、歌がお上手ね」

カウンター越しに佳乃子が、吾朗へ意味ありげにささやいた。

「勘のいいママにはバレちゃったかな。まあ、いつか話すよ」

吾朗は、亜矢子の歌声と曲の音に自分の声を紛れ込ませて、小声で佳乃子へ伝えた。

「歌ってくれて、ありがとう。昔を思い出したよ」

吾朗が、恥ずかしそうに首を縮めながらマイクを置く亜矢子に言った。

「その昔って、私が生まれる前の話ね」

亜矢子は、隣で頷く吾朗に、何かを思いついたように続けて話し始めた。

「そうだ、お母さんから聞いたけど、帝国通運のシニア人材活用プロジェクト、まだゴールが見えていない状況なんでしょ?」

「まあね。セミファイナルとして会議に諮った三案も、まだブラッシュアップの途中だし、それ以外にも、新たなビジネス案をできるだけ多く出すように指示があってね。上層部は、いったい何を考えているのやら」

「その件、ここだけの話なんだけど・・・」

亜矢子は、そう言うと、コンサルタントとして関わっている十和子からの情報という前置きで、プロジェクトが今後の展開として想定するシナリオは、できるだけ新規ビジネス案を多く考え出し、それらをインハウス・アプリを使って全国の支店や事業部にチョイスさせる方針だと話した。

「それって・・・、もしかすると」

「その、もしかするとなの。私たちの作ったアプリが帝国通運に導入される予定なのよ。それを前提に、新規プロジェクトを思いつかない支店も多いだろうから、事前に多種多様な案を提示して、チョイスさせるってことよ」

「なるほど、裏ではそんな話しが進んでいたのか・・・。WAPのアプリを導入すれば、結果的にシニア人材活用にもなる」

「その通り。さすが、次長をしていただけのことは、あるわね」

「亜矢子ちゃんって、そんな辛口キャラだった?まるでママみたいだよ」

笑いながら、そう言った吾朗は、カウンターの内側にある流し台で洗い物をしている佳乃子を見た。

「えっ?いま何か言った?」

佳乃子は、まるで何も聞いていなかったように、とぼけた声で言った。

「ひょっとして、綾島くん。いよいよ脱出計画が現実化してきたのかな~」

「いっ、いや、何でもないよ」

佳乃子の鋭い返答に、うろたえる吾朗の表情を見ながら、隣に座った亜矢子は楽しそうに微笑んでいる。

「じゃあ、今度はフレンパの番よ」

そして亜矢子は、マイクを吾朗の前に置いた。

「じゃあ、いつもの・・・、あの歌にしようかな」

吾朗がそう言った後に亜矢子が発したひと言を、吾朗は一生忘れることはないだろうと思った。

「もう、途中で泣いて部屋を出たりしないから、安心して歌って」

少し俯き加減に頷いた吾朗は、小さく「ありがとう」と、つぶやいた。

そして、すべてを察した佳乃子がリモコンを操作すると、モニターの画面には、吾朗の十八番の歌である「毎天愛你多一些」の文字が現れていた。

そして、もう一度「ありがとう」と繰り返す吾朗の視線の先には、霞んで見える佳乃子と亜矢子の姿があった。


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