現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その10)

 次第に明けゆく空の景色に、雪も小やみになったようである。
 三位中将《さんみのちゅうじょう》は戸口に寄り掛かって口上を述べた。
「帰途の途中、雪で往生《おうじょう》していた見知らぬ我々に宿を貸していただきましたこと、感謝の言葉もありません。必ずやこのお礼に改めて参上致します」
 女房が返答するには失礼な相手であるため、尼君自身が数珠《じゅず》を鳴らしながらいざり出て歌を詠んだ。

  人訪《と》はぬ岩の懸路《かけぢ》の雪のうちに
  ならはぬ月の影《かげ》をみるかな
 (雪の中、訪れる者もいない岩の山道で、これまで拝見したことのない月の光のような方にお目に懸かりました)

「誠に畏れ多いことで、ご来訪を伺《うかが》って心底驚きました。あなたさまのような方にお訪ねいただき、お目に入れるには何ともきまりの悪い庵《いおり》の有様《ありさま》ではありますが、ささやかながらおもてなしをするための準備を整えて、ご再訪《さいほう》をお待ち申し上げます」
 ひどく古風ではあるが、由緒ありげな尼君の言葉に三位中将は威儀を正し、折り目正しく返答をした。

  あかなくに出《い》でぞやられぬ
  いにしへの名残《なごり》とまれる庭の月影
 (昔の人の面影が残る庭の月光を見ていると、名残惜しくていつまでも立ち去ることができません)

「身内として数に入れていただけるような者ではありませんが、これまで機会に恵まれず、ご挨拶を怠ってしまった非礼をどうかお許しください」
 尼君に合わせた三位中将の応対もそつがなかった。
(続く)

 三位中将は別れ際に屋敷の主である尼君と歌を交わします。
 堅苦しく、当たり障りのない社交辞令ですが、最後に二人が親類だったことが明らかになっています。果たして尼君は何者なのでしょうか。


 それでは、また次回にお会いしましょう。


※Amazonで現代語訳版「とりかへばや物語」を発売中です。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B07G17QJGT/