擬古物語

現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その16)

五月雨が静かに降り続く手持ち無沙汰な夕べの空の下、権中納言はいつものように心を慰めるため、妹の尚侍《ないしのかみ》のもとに足を運んだ。
 御前《ごぜん》に若い女房たちが大勢控え、床に絵物語などが散らばり、賑《にぎ》やかでこの上なく華やかな雰囲気だった。尚侍は様々な色が織り乱れた撫子《なでしこ》襲《がさね》の衣を身に纏《まと》い、その上に意識的にしたように髪が零《こぼ》れ掛かり、横顔や髪の生え具合も

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その15)

五月は婚儀ができない月なので、権中納言は少し心を落ち着かせた。
 まだ弱った様子でありながら、いくらか容体が落ち着いてきたのを見て、関白はとても喜んだ。
 一方、中宮は世間の人々が勝手に想像したり噂《うわさ》したりしているのをひどく不愉快に思っていたが、そういった素振《そぶ》りは見せぬように心掛け、毎日の催促もやめて、「秋には婚儀を執り行うように」と告げた。
 権中納言は何年も命が延びた心地がして

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その14)

賀茂《かも》祭が終わって程なく、女三宮《おんなさんのみや》は内裏《だいり》に戻った。
 せっかちな中宮《ちゅうぐう》が女四宮の権中納言への降嫁《こうか》を早々と決めてしまったため、嫁ぎ先を失った女三宮が気の毒で心苦しい帝は、再会を喜びながらもどうしたものかと悩んでいた。母親を失った悲しみでひどく面やつれしたものの、比類なく愛らしい女三宮を見守りながら、一方ですぐにでも退位したいと願っている帝は、こ

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その13)

関白邸で数多くの平癒《へいゆ》の祈祷《きとう》を行った効験《こうけん》だろうか、権中納言の病は比較的落ち着いたまま日々を過ごしたが、「我ながら情けない」と思い焦がれているうちに月日が過ぎ、御阿礼《みあれ》祭《まつり》の時期になった。

  今日《けふ》ごとにかざす挿頭《かざし》はそれながらかひなき草の名こそつらけれ
 (祭りで頭に挿《さ》す挿頭《かざし》は昔から変わらないが、「逢《あ》ふ日」を連想

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その12)

中納言の君も、「まったく途方もないことをする、あり得ない心だ」と女三宮の振る舞いを嘆き、二人を憎らしく思いつつ女房たちに言い繕っているうちに明け方になった。権中納言は屋敷に戻ることにしたが、騒がれるわけにはいかない忍びの夜這《ば》いだったので、人知れず三条宮を後にした。
 その道中、権中納言は途方に暮れ、つらく耐え難い女三宮の匂いが袖に留《とど》まっているのをむなしく思いながら歌を詠んだ。

  

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その11)

だが、権中納言に衣の裾《すそ》をつかまれただけでなく、あろうことか髪まで引っ張られたため、あまりに嘆かわしくひどい振る舞いだと思った女三宮は覚悟を決め、手を叩《たた》いて人を呼んだ。
 程なく目を覚ました女房たちがやって来る気配がしたため、権中納言は「とんでもなくあきれたことです」と恨み言を言う間もなくその場を後にしたが、これほどまで嫌われた我が身が情けなく、ひどく思い知らされた。
(続く)

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その10)

「やむを得まい。これほどまで嫌われた身ならば、死後に悪評が立っても惜しくはない」
 開き直った権中納言の態度はあまりにも非常識で恐ろしく、女三宮は甚《はなは》だ困惑した。自己中心的で不快な相手の心を見せつけられ、自分の宿世《すくせ》の悪さを思い知らされた女三宮は、「たとえ岩や木になったとしても、このように心外な目には遭いたくはない」と決心し、単衣《ひとえ》だけを身に着けると這《は》いつくばって帳台

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その9)

忘《わす》るとてさて閉《と》ぢむべき夢路《ゆめぢ》かは後の世までも絶えじ逢瀬《あふせ》を
 (忘れるとはいっても、このまま二人の夢路を閉じることができましょうか。来世まで絶えることのない逢瀬《おうせ》だというのに)

「仮に見捨てられたとしても何ら変わりません。どうかわたしの誠意をご覧ください。あなたにひどく疎まれながらも、いつか真心を伝えられる機会もあると信じてどうにか生き永らえましたが、その願

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その8)

とにかくも他の女はまったく眼中にない権中納言は、はたから見ると思慮が足りないように思えるほど醜態を晒《さら》して恨み言を重ね続けたが、女三宮がなびくことはなかった。

  今はただ見《み》きとばかりの夢をだに忘れむのみぞ情けなるべき
 (今はただ、夢のような契りを忘れることだけが、あなたに対するわたしの誠意であることをどうか分かってください)

 泣きながらそっと口ずさんだ歌に、権中納言はほろほろ

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現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その6)

権中納言《ごんちゅうなごん》は苦境に追い込まれていた。両親からも「本当に気分が悪そうなところがまったくないのに、いつまでこのように仮病の振りをしているのか」と責められ、一言も同情の言葉を掛けてもらえない。その上、女三宮《おんなさんのみや》のつれなさは増すばかりで、「いったい何を頼みにして生きればいいのか」と思い乱れていた。
 ただ甲斐《かい》のないことを書き尽くして送り続けていたところ、責められて

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