現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その42)

 関白の北の方は、昔からあまり深い愛情を注がれていなかったため、女三宮が迎えられることに何の恨みも抱かなかった。
 関白は皇后宮が存命だった頃から今に至るまで、皇后宮に薄情だと思われる行為だけは避けようと身を慎んできたが、今回の件は夢の中で直接頼まれたことなので何ら問題ないと思い込んでいた。また、皇后宮とはたった一夜結ばれただけだったので、忘れ形見である女三宮を代わりに愛したいという気持ちが次第に高まり、他人に本心を感づかれないよう、さりげなく受け入れを決断した。
 一方の院は今日か明日かと待ち遠しく、何度も急《せ》かすので関白は準備を急いだが、当事者である女三宮はまだ今回の決定を知らなかった。

(続く)

 かつて故・皇后宮が関白の夢枕に立った際に、「権中納言に強姦され、今も付き纏われて苦しんでいる女三宮を助けて欲しい」と伝えたかったはずが、なぜか「独り身で寂しい女三宮を妻にして慰めて欲しい」だったと曲解され、実行に移されようとしています。しかも、当事者である女三宮や権中納言は、院と関白が密かに交わした約束をまだ知りません。
 このすれ違いが『我身にたどる姫君』の悲喜劇です。

 あと、関白はこれまで皇后宮との一夜以外は女性関係を絶っていましたが、今や女三宮を妻にできることに完全に浮かれています。かつてスマートでかっこよかった権中納言が途中からおかしくなってしまったのと同じ状況で、例の皇后宮系女性の「魔性の血」のなせる業と言えます。
 ちなみに、もう少し後で説明がありますが関白は三十八歳、女三宮は二十歳未満です。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


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