現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その51)

 その物腰が音羽山の姫君とまるで同じだったため、権中納言は完全に分別を失った。

  身に染《し》めし夕《ゆふ》べの空に似たるかな装《よそ》ふる色の縁《ゆかり》ならねど
 (音羽山での夕暮れの空の下でわたしの心を奪った、音羽山の姫君と酷似しているのです。あなたはゆかりのある人ではないはずですが)

「きっとあなたはわたしの振る舞いを不審に思っていることでしょうが、ひどい物思いに苦しむ人は正気を失うと言います。甲斐《かい》のない我が宿縁《しゅくえん》のため、たった一度しか目にできなかった音羽山での夢のようなあの日から、もはやこの世で生き永らえられないという思いが募るばかりでした。誠に失礼かとは思いますが、不可思議なことにあなたはその人と瓜《うり》二つなため、わたしの悩みは一向に晴れないのです。もし、無礼で好色な心なら見苦しい言動だと思われても当然ですが、わたしを哀れみ、ただこうして語り合うくらいはお許しください。行方を絶ってしまった音羽山のあの人との因縁《いんねん》が不憫《ふびん》だと、慰めの言葉を掛けてください。それだけで現世に留《とど》まることができましょう」
 袖を引きながら身体を寄せてきたため、姫君は嫌悪感を抱き、相手から逃れるように両袖で顔を隠した。

(続く)

 権中納言は姫君に慰めて欲しいと語り掛けながら身を寄せ、ついに手を出そうとします。
 姫君の心中がほとんど描写されていませんが、恐らく相手の会話からおおよその事情を察した一方で、東宮(三宮)への輿入れが決まっているこの時期に身体を許すことは絶対にできないとおびえているのだと思います。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


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