現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その52)

 権中納言は姫君の髪に触れながら言葉を続けた。
「訳が分からないと思うのはもっともだと思います。――音羽山の姫君への思いは、心に秘めたまま公言しないと固く決心したものの、どうしても抑えきれず、かといって他の人に打ち明けることもできませんでしたが、あなたなら誰にも漏らさないだろうと信頼し、このように頭を下げています。もし、どうすることもできない恋慕に苦しみ続けた末に命を落としたら、今、こうして話している内容を思い出すことでしょう。誰にも相談できず、心を慰めることもできないために耐え難く感じているわたしに、たった一言で構いませんから不憫《ふびん》だと言ってもらえませんか。そうすれば、この苦しみも少しは和らぐでしょう。筋違いで愚かな心だと、わたしを厭《いと》わないでください。置き所のないわたしの思いをどうか慰めてください」

(続く)

 権中納言は姫君に対し、音羽山の姫君への耐えきれない思いを慰めて欲しいと言い寄ります。
 この時点では、音羽山の姫君と目の前にいる姫君が同一人物だとは思っておらず、「別の女性との失恋を慰めて欲しい」というニュアンスになりますので、正直、誠実な口説き文句とは言い難いです。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


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