現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その19)

  のぼりけむ今は限りの煙ともかすめぬ空の恨めしきかな
 (母が煙になって天に昇った際に、誰だったのかをほのめかしてくれなかった空を恨めしく思います)

 書かれた歌を何度も読み返しながら、いったいどういうことなのかと権中納言は首をひねった。別人のものと思えないほど手跡が似ているこの姫君は何者なのかと考えているうちに、ふと、姿を消してしまった音羽山《おとわやま》の姫君も身元が不明だったのを思い出した。

  消えにけむ雲の行方は知らねどもあはれうちそふ夕《ゆふ》まぐれかな
 (雲のように消えてしまった音羽山《おとわやま》の姫君の行方は分からないが、ひどく情趣を誘う夕暮れ時であることだ)

 歌を口ずさみ、物思いに沈みながら、流れ落ちる涙を紛らわす権中納言の様は風情があった。
 儚《はかな》げな表情で口を閉ざす姫君は、不思議なほど女三宮に似ている。古歌で「闇の現《うつつ》は夢に勝らぬ」(現実の闇の中で思いを寄せる人に逢《あ》うのと、夢の中で対面するのは変わらない)と歌われたように、目の前の姫君を女三宮の面影としていつまでも見つめ続けた。

(続く)


 姫君と女三宮は酷似しているが、どうしてなのか。この姫君の母親は誰なのか。また、かつて行方を絶った音羽山の姫君は何者だったのか。――権中納言の思考はここで停止し、真実にたどり着けません。
 そもそも人を動かすことができる立場の人間ですので、調査も不可能ではないはずです。しかしながら、これまでの内容を読む限り、信頼できる部下も、悩みを打ち明けられる親しい友人もいないため、残念ながら「一人で悩む」という選択肢しかないようです。

 ごく個人的な意見ですが、この辺りの行動原理は、作者の社会経験がそのまま反映されているように感じます。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


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