現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その1)

 古歌で「卯《う》の花陰《はなかげ》の忍び音《ね》」と詠まれた時鳥《ほととぎす》のように、権中納言《ごんちゅうなごん》は以前にも増して思いを紛らわす術《すべ》もなく泣き暮らしていた。あまりにもつれない女三宮《おんなさんのみや》の心を何度も思い返しても、「このように薄情ならいっそ諦めるか」と決心することもできず、ただひたすら女三宮だけに思い焦がれ、自然になびいて心を通わせている中納言の君ですら興醒《きょうざ》めで気にくわなかった。
 あの束《つか》の間の逢瀬《おうせ》ですら、ただひたすら逃れようとした女なので、以前に目にしたような手習いのすさび書きでさえ見せてくれるはずがない。そうはいっても、思いをさらけ出す道は途絶え、ただ心中の思いを女三宮に伝えることだけが残された頼みの綱ではあったが、相手の心を知ったあの夜以後は死んでしまいたいと思うようになっていた。
(続く)

 第三巻は二巻から引き続き、「女四宮《おんなよんのみや》と結婚したくない」「女三宮が自分になびいてくれない」と思い詰める(駄々をこねる)権中納言の様子からスタートします。しばらくの間は権中納言の結婚問題がメインで、権中納言と女三宮、婚約している女四宮との奇妙な三角関係を中心に描かれます。

 脇役の中納言の君(女三宮の女房)が適当にあしらわれているのが少し不憫ですが、恐らく当人も最初から分かっていたことで、「誰にもまったく相手にされなかった昔よりはいい」と諦めているのかもしれません。
(皇后宮の死去後、屋敷を訪れる人がさらに減少し、権中納言の他に顔を合わせる若い男性はほぼ皆無だと思われます)

 それでは、次回にまたお会いしましょう。


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