現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その11)

 この尼君は宮の中納言という人の北の方だった。宮の中納言の妹こそが三位中将《さんみのちゅうじょう》の母親なので二人は縁者だったが、疎遠にならざるを得ない複雑な事情があった。
 尼君は夫が死去した後に出家し、生きているとも分からないまま、都から離れた音羽山《おとわやま》でひっそりと暮らし始めた。世を捨てた後も、姉妹である麗景殿《れいけいでん》の女御《にょご》とはとりわけ仲がよく、心を通わせた間柄だった。この麗景殿の女御は今の皇后宮《こうごうのみや》の母親であり、女御が亡くなってからは、皇后宮自身も親しい身内として尼君を慕っていた。
 また、尼君の縁者である関白は中宮《ちゅうぐう》の兄であることから、嫉妬心はないものの気が引け、関白の北の方ともあまり親しく話すことがないまま、現世から離れて静かに仏道修行をして暮らしていた。
(続く)

 今回から、姫君の保護者である尼君の出自が語られます。
 ここで答え合わせです。先ほどの文章を読んで、下図のように人物関係を追うことができましたでしょうか。

 ……すみません、わたしは初見でさっぱり分かりませんでした。
 しばしば、さらっと無茶を要求してくるのが「我身にたどる姫君」の怖いところで、情報のコントロールがあまり上手いとは言えず、一見さんに優しくありません。しかもこれはまだかわいい方です。

 この「我身にたどる姫君」に限らず、王朝物語は人物関係が複雑な作品が多いです。
 あっさり読み流すつもりの人は、書籍などに載っている図を見ながら読めばいいと思いますが、じっくりと作品を楽しみたいと思う人は、自分なりに整理して図にしてみることを個人的にお勧めします。
 実際にやってみると理解が進むのはもちろんのこと、ジグソーパズルやブロックのおもちゃを組み立てるような気分で結構楽しいです。また、既存の図(※わたしのも含む)が必ずしも分かりやすいとは言えないため、自分なりにすっきり・かっこよく描けるとちょっと嬉しいです。

 少し脱線したので話を元に戻します。

 もう一度、関係図をご覧ください。
 ここでのポイントは「三位中将の父親が関白だと当たりが付けられるか」です。
 限られた情報に、後述する「皇后派と中宮派は対立している」という常識を加えると、ようやく「三位中将の父親は関白かもしれない」と推測できる仕掛けになっています。……難しいですよね。
 なお、確定情報が出るのはもう少し後ですので、しばらくはもやもやしたまま話が進みます。

 以下、「三位中将の父親=関白」という前提で話を進めます。
 説明が後になってしまいましたが、皇后と中宮はどちらも帝の后《きさき》で、二人の身分や待遇に違いはなく、あくまで同列で競い合うライバル同士です。
 尼君は皇后の叔母でありながら、一方で中宮の縁者という絶妙なポジションにいます。一方、三位中将は中宮の甥(関白の息子)ですので、二人が縁者でありながら疎遠だったのは皇后・中宮の対立が原因だったことになります。

 皇后・中宮と来たら次はもちろん今上《きんじょう》(帝)の話です。
 それでは、また次回にお会いしましょう。


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