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奔波の先に~井上馨と伊藤博文~ 飛翔編

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井上馨の生涯を描いていきます。 維新の三傑を失い、これからの政府は伊藤博文と共に自分たちで担っていく。それには困難が…
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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#142

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#142

25 次に目指すもの(1)

 工部卿参議となった馨の実質的初仕事は、帝の北陸巡幸に供奉することだった。この供奉も簡単には決まらず、宮中特に侍補から反対があがっていた。どうにか反対を抑えて、大隈とともに決定すると今度は事件が発生した。
 西南の役のあと物価が上がるが、財政難のため俸給を増やすことができなかった。その上士官との待遇の差に不満を持った下士官と兵が叛乱を起こした。鎮圧はできたが、そのよう

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#143

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#143

25 次に目指すもの(2)

 金沢に着いた。馨は気軽な服装に着替え、大隈を待った。本当のところは気乗りしない。不平士族の巣窟に乗り込もうというのだ。だが、その真意を大隈に知られるのも、御免だという気持ちだけが先に立っていた。
「馨、準備は大丈夫であるか」
「おう、できちょる。行けるぞ」
 大隈は風呂敷包みをもって立っていた。
「はち、その包みはなんじゃ」
「これか、これは酒である。乗り込むのなら

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#144

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#144

25 次に目指すもの(3)

 東海道をすすみ、興津と言うところに着いた。馨は東海道を利用する時、この地の風景が気に入っていたことを思い出した。すぐ近くには海水浴のできる浜もあり、山もある。温暖でいて、暑くもない。しかも富士山もよく見える。
「『田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ』という山部赤人の歌はこのあたりで詠まれたものでございます」
 案内の地元の人のこの言葉が

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#145

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#145

25 次に目指すもの(4)

 外務卿寺島宗則が関税を主とした条約改正の失敗問題により進退が問われるようになると、後任の外務卿に馨の名が挙がった。
 明治12年9月10日、この機会に馨は外務卿兼参議となった。このとき、外務卿だった寺島宗則は文部卿に、工部卿の後任には山田顕義が就いた。これで馨には、念願の条約改正をこの手で果たす事が出来る、という思いが強まった。

 この頃伊藤博文は、勧業政策を巡る

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#146

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#146

25 次に目指すもの(5)

 財政の問題は様々な分野に広がっていった。
 収支の均衡を賄うには、外債を使う、増税する、経費を削減する。実際に行われた不換紙幣の増刷は、物価の高騰と交換比率の悪化を招いた。
 博文から、持論を展開しすぎて、周りから反発を招かないよう釘を差されていた。
 それでも、大隈が導入しようとしていた、外債について反対をしていた。馨はイギリスで見てきた、強国による経済的支配の危

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#147

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#147

27 明治14年の政変(1)

 憲法制定と条約改正、それがこれからの命題となっていくのだろうか。やるべきことは色々とある上に、財政を巡って大隈と対立した事は、心身ともに疲れをもたらしていた。
 しかし、そうも言っていられない状況になりつつあった。土佐の民権活動家の動きが盛んに見られた。議会開設要求が自由民権運動のグループから出されるようになり、大阪で地方の各組織も集まり、国会期成同盟第一回大会が

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#148

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#148

26 明治14年の政変(2)

 中上川にはつなぎ役だけにしてもらい、馨は福沢と二人きりで話すことにした。
「福沢さん、この様な場を作っていただき、すまんことです」
「いや、こちらも、井上さんとお話できるのはうれしいことです。井上さんは、欧州で勉学をされ、お帰りになったばかりですから。それは中上川君や小泉君から聞いております」
「中上川君や小泉君には世話になった。中上川君には今も、政府の仕事に就い

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#150

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#150

26 明治14年の政変(4)

 その頃馨は疲労が積み重なったのか、記憶力に自信が持てず、気力も弱まり、頭痛も頻繁に起きていた。医師の診断を受けると、静養が必要だと言われた。そこで、東京から離れた温泉で療養をしようと考えた。
「武さん、少し相談があるんじゃが」
「どうかしましたか」
「最近頭痛がとれんし、色々だるいんでベルツ先生に見てもらったんじゃ」
「まぁ、そのようなこと、私には仰ってくださらな

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#151

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#151

26 明治14年の政変(5)

 海軍卿の榎本武揚の失言とされる出来事が薩摩系の将校と関係の悪化を生んでいた。榎本の処遇については、馨も考えるところがあって、新設された農商務卿にと考えていたが、黒田からフランス公使の意見も出て、薩摩と対立していた。結局宮内省御用掛に落ち着いた。
 財政問題もまた再燃してきて、博文には頭の痛いことが続いていた。しかも馨の不在をついて、大隈は輸出促進のための会社を作っ

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#152

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#152

26 明治14年の政変(6)

 まず博文は馨と、財政整理で浮かび上がっていた、開拓使の廃止と払い下げについて、進めることにした。
「開拓使は、底なし沼じゃ。北海道は広すぎるし、採算が取れるようにするには、金がかかりすぎるんじゃ。損金切りではないが、ここいらで、打ち切るのも必要なことだと思っちょる」
「だが、黒田にとっては廃止など、考えもしないことだろう。それを、どうやって取り込むか」
「俊輔、わ

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#153

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#153

26 明治14年の政変(7)

 今度は、東京に参議や卿が揃ったところで、大隈の罷免のため、動くことになった。
 まず、馨が岩倉に会い話をした。その後元老院議官の安場も、大隈の陰謀について語った。岩倉も、大隈の罷免が、止められる状態でないことを、理解したようだった。政府の結束、つまり薩長の間には大隈の存在が、邪魔になっているのは、明らかなことだった。
 
 そして、天皇が巡幸から帰京した10月11

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#154

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#154

27 鹿鳴館(1)

 昨年来手掛けていた、鳥居坂に私邸が完成していた。
「武さんどうじゃろ、基本的に椅子とかテーブルの生活になる。畳の部屋は来客対応の部屋や、待合室にも残しちょるよ。そう、寝所もな」
「あまりにも豪華で、何をどうするかなど、思い及びません」
「使いながら、勝手の良くないところを直していくしか無いじゃろ」
「あぁ、井上さんこちらですか」
 益田孝が馨に話しかけていた。
「武さん、こ

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#155

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#155

27 鹿鳴館(2)

 実は、板垣退助と後藤象二郎を、洋行を餌に懐柔しようという意見が、馨の周りからでていた。
 まずは板垣に、政府からは伊藤が、憲法研究で欧州に視察に行っているのだから、民間でも行くべきではないかと言う話を、伊藤博文からさせた。その話を聞いた板垣は、自分も欧州に行き実地の調査をしたいと、思いだしていた。その気持を出発前の博文に、伝えていたので、馨にも伝えられていた。
 また、板垣

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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#156

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#156

27 鹿鳴館(3)

 また、外務卿としての仕事も、少し先が開けてきていた。
 先年、条約改正案を各国公使に通知していた。ただ、関税自主権は取り下げると行っても、税率の引き上げは考慮されるようにしていた。各国の感触を確認するとしても、国により交渉の質が違うことがあった。ドイツの公使青木周蔵はドイツ政府と密接な交渉ができていた。この突出した国が出ることに、他の国の公使の成果の問題やイギリスが不満を持

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