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Missテリアス殺人事件 第2章

洋介は部屋から出され、制服警官と一緒にアパートの駐車場で待たされた。立ち入り禁止のロープが張られ、その向こうでは多くの野次馬がこちらを見ている。駐車場の灯りがまるでスポットライトのように、洋介を照らしていた。ロープの向こうの人たちと自分のいる場所は、距離にして数メートルしか離れていなかった。しかし洋介には、それがまったく別の世界にいるのではないかと思えるくらい遠い距離に感じられた。日が暮れて風が強くなったようだ。洋介は上着を持ってこなかったことを悔やんだ。

 15分ほどして車が到着した。中から銀縁メガネをかけた細身の男が降りてきた。
「あなたが第一発見者ですね」
その男が洋介に聞いた。
「はい」
「私はこの事件を担当することになった、呉川警察署警部の高木勇治と言います」
男はそう言って、警察手帳を洋介に見せた。外見は警官というよりも、役所の窓口にでもいそうなタイプに見える。
「中を確認したら、いろいろと聞きたいことがありますので、もう少しお待ちください」
警部は洋介の返事も待たずに、洋介の部屋に入っていった。

1時間ほどして、警部が部屋から出てきた。
「お聞きしたいことがありますので、できれば呉川署までご足労願いませんでしょうか。ここでは寒いでしょうし」
「わかりました。部屋の鍵はどうしましょうか?」
「もしよろしければ、預からせてもらいます。たぶん今夜は帰れないと思いますから。現場検証が終わったら、後で返します」
洋介は警部に鍵を渡した。
「車でお待ちください。すぐに戻りますから」
警部は自分の車の後部座席のドアを開けて、洋介を招き入れた。それからアパートの入口に立っている警官にカギを渡し、一言二言言葉を交わしてから、車に戻ってきた。
「お待たせしました。それでは行きましょう車は野次馬のあいだをすり抜けて走り出した。
「大学生だそうですね。どちらの大学ですか?」 「山川学園大学の文学部にいます」
「専攻は何を?」 「国文学を専攻しています。と言っても、国文学を勉強したいからというより、推理小説を書きたいという夢のために、大学に入ったんですけど」
「ほー、推理小説ですか。私も学生時代によく読みましたよ。アガサ・クリスティだとか、エラリー・クイーンだとか、ディクスン・カーだとか、洋物ばかりでしたがね。あの頃はもう刑事になるのが夢だったな。推理小説に出てくるような間抜けな刑事にはなりたくないなんて思っていましたよ」
「僕もその三人は大好きです。今、ミステリー同好会に入っていて、日本や世界の推理小説について研究しながら、推理小説を書いています。マヤも、あっ、亡くなった上野マヤも同じサークルの仲間でした」
「そうですか。で、推理小説はもう何作か書きあげたのですか?」
「高校時代からいろんな出版社の新人賞に応募していますが、なかなか結果は出ないんです」
「きっと新人賞を取るのは難しいんでしょうね。私にはよくわかりませんが」
話しているあいだに、車は呉川警察署に到着した。

洋介にとって、テレビの中でしか見たことがなかった取調室の椅子に座る。洋介の陳述を記録するために、もう一人制服警官が同席していた。さっそく高木警部の質問が始まった。
「まずはあなたについてお聞きします。氏名と住所を教えてください」
「名前は松林洋介。住所は山梨県呉川市山元町3丁目10の8、サンハイツ206号です」
「遺体発見現場のアパートですね?」
「はい」
「先ほど車の中で話したことも含めて、松林さんのことをもう少し話してください」
「はい。山川学園大学文学部1年生、18歳です。大学ではミステリー同好会に所属しています。実家は東京で、そこに両親が住んでいます」
「ほぉ、なぜわざわざ山梨の大学を選んだんですか?」
「はい、車の中でも話しましたが、推理小説家になるのが夢なものですから、静かな場所で落ち着いて小説を書きたいなと思いました。それに山川学園大学は僕の尊敬する中野内公亮先生の母校なんです」
警部はひとつうなずくと、さらに質問を続けた。
「遺体で見つかった女性について、知っていることをすべてお話しください」
「はい。彼女は上野マヤ、僕と同じ山川学園大学文学部1年生、年齢は18歳です。彼女とはミステリー同好会で知り合いました」
「上野マヤさんとあなたの関係を教えてください」
「はい。マヤと僕は恋人どうしで、同棲していました」
「そのあたりを詳しく聞かせてください」
「はい。去年の9月に僕がマヤに交際を申し込みました。マヤはふたつ条件を出しました。ひとつは同棲すること。もうひとつは僕たちが付きあっていることは絶対に誰にも言わないことです」
「ほぅ、女性から同棲したいというのも珍しいですね。それとも今ではそれが流行りなんですかね?」
「僕もびっくりしました。出会ってまだ3か月しかたっていませんでしたから」
「なんでそんなことを言ったのか、彼女は理由を話しましたか?」
「そのときは理由を聞きませんでしたが、後になって、家から出たかったからだと話していました」
「ご家族との関係が悪かったんですかね。それについて、何か聞いていますか?」
「いいえ、マヤは家族のことをあまり話したがりませんでした。マヤ自身、自分の過去の話を避けていたような気がします」
「どうしてそう思ったんですか?」
「子供の頃の話だったり、高校時代の話だったり、僕が聞いても話題をそらしていたから。僕はもっとマヤのことが知りたかったんですが」
「秘密主義だったんですかね。あなたと付きあっていることも絶対言うなと言っていたんですから」
「マヤとはいろいろな場所にデートしたかったんですが、二人で外に出ることはほとんどありませんでした。近所に買い物に行く程度でした」
「あなたは彼女と同棲していることを誰にも言わなかったのですね?」
「はい。マヤと約束しましたから」
「それでは寂しかったでしょう。それを不満に思ったことはありませんでしたか?」
「はい。マヤと別れたくなかったから、マヤの言うことはなるべく聞こうと思いました」
「彼女との生活についてお話しください」
「はい。マヤは僕と同棲してから、大学にも行かずに、僕の身の回りの世話をしてくれました。夕食は必ず作ってくれました。マヤは僕が小説家として大成してほしいと言っていました」
「性生活はいかがでしたか?」
「まあ、普通のカップルと同じじゃないですか。まわりがどれくらいの回数しているのか知りませんが」
洋介は顔を赤くしながら言った。
「最初の2か月は何もありませんでした。僕から、もっとお互いを理解してからにしようって言いました」
「今どきの男性にしては紳士ですね」
「僕のそんなところも気に入ってくれたみたいです」

ノックの音がして、制服警官がお茶を持ってきた。警部はお茶を一口すすってから言った。
「それでは本題に入ります。発見したときの状況をなるべく詳しくご説明ください」
喉を潤すため、洋介もお茶に口をつけた。
「はい。今日も大学の授業が終わって、家に帰りました」
「家には何時に着きましたか?」
「正確に時計を見たわけではありませんが、たぶん4時を過ぎたくらいだったと思います。普段と同じだったから」
「ドアに鍵はかかっていましたか?」
「はい。鍵を開けた記憶はあります」
「いつも鍵は閉まっていましたか?」
「かけてあったり、かけていなかったりしました。僕が外出してしまうと女性一人になってしまいますから、用心のために必ず鍵をかけてくれとは言っていたんですが」
「合鍵は誰が持っていましたか?」
「マヤに渡しました。他にはありません」
「わかりました。先を続けてください」
「はい。家に入ると電気がすべて消えていました。それなのに玄関にマヤの靴がありました。バスルームからシャワーの音が聞こえたので、バスルームのドアを開けました。そうしたら、マヤがあんなことになっていて・・・」
洋介の言葉が詰まった。
「さぞかしショックだったでしょう。バスルームの灯りも消えていましたか?」
「はい。僕が電気をつけました」
「その後、あなたはどうしましたか?」
「はい。急いでマヤを降ろしました。マヤの体は水を浴びていたので、氷のように冷たくなっていました。マヤを部屋に寝かせて、それからすぐに救急車を呼びました」
「彼女を発見したとき、シャワーの水は出しっ放しだったのですね?」
「はい、そうです。後から僕が止めました」
「あなたは彼女がどうしてそのような状態になったのだと思いますか?」
「えっ、それはマヤがなぜ自殺したかってことですか? さあ、理由は僕にはわかりません。動転していて、遺書があったのかもわかりません。ただ、最近なんだか沈んだ表情をしていることが多かったとは思いました」
洋介の声は震えていた。
「あなたは彼女が自殺したと思ったわけですね?」
「だって、誰だってあれを見たら自殺だと思うんじゃないですか」
警部が洋介の目を見て言った。
「あなたは推理小説を書いているから、すぐにご理解できると思いますが、彼女の首には両手で絞められた指の痕が残っていました」
「えっ、絞殺されたって言うんですか?」
「警察では上野マヤさんは殺されたと考えています。そのうえで犯人は自殺を偽装したんだと」
今度は洋介の体が震えだした。
「でも、鍵は閉まっていました。密室殺人だったとでも言うんですか?」
「いいえ、密室ではありません。鍵はポストに入っていました。たぶん犯人は上野マヤさんを殺害後、逃げるときにドアの鍵を締めて、そのままポストに鍵を入れたのでしょう。発見をなるべく遅らせたかったんでしょうかね。ところで、あなたは彼女が殺された理由に心当たりはありませんか?」
「いや、だってマヤが殺されたなんて今の今まで考えてもいなかったから」
「今からでも考えてみてください。先ほど用心のために鍵をかけてほしいと彼女に話したと言っていましたが、具体的に用心しなければいけないことがあったのですか?」
「鍵をかけるように言ったのは、ただ用心のためだけです。こっちの人は家にあまり鍵をかけないようなので。東京では信じられないことですけど。それから、さっきも言いましたが、マヤの過去のことはほとんど知りませんので、動機についてもわかりません」
「犯人はなぜ首吊り自殺に見せかけようとしたんでしょうかね?」
「そんなことわかりません。ただミステリー好きな人ならば、そんな偽装なんてすぐに見破られるのがわかってるから、絶対にやらないです」
「遺体にシャワーをかけた理由はなんだと思いますか?」
洋介はしばらく考えたあと、言った。
「まったくわかりません」
「彼女の携帯電話が見つかりませんでした。心当たりはありますか?」
「マヤはいつも携帯電話を部屋の充電器につけていました。そこになければ、どこにあるのか僕にはわかりません」
「わかりました。今日のところはこれで結構です。供述書ができましたら、それにサインをお願いします。気づいたことがあればすぐに連絡してください。それと携帯電話の番号を教えていただきます。何かあれば、こちらから連絡します。今日はまだアパートには戻れませんので、どこか連絡のつく場所にいてください」
「東京の実家に帰ってもいいですか。当分大学には行けないだろうから、実家にでも帰ろうと思ってます」
「いいでしょう。実家の住所を教えておいてください。ただ、こちらが会いたいときには、すぐに会える状態にしていてください。あと、当分のあいだは遠出はしないように。もしどうしても遠出が必要な場合は、必ず警察へご連絡ください」

街灯の明かりがぼやけて見えた。警察署を出て、洋介は通りすがりの公園のベンチに座った。
                   <続く>

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