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くさぐさのふみ

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大学心理学准教授の立場から「信頼のおける話し手」

大学心理学准教授の立場から「信頼のおける話し手」

今からお話しすることは大変に当たりまえで、したためるのも申し訳ないことですが、それは「何を話しているか」よりも、「誰が話しているか」の方が、大切であり、重要だということです。

おそらく、この言葉を聞いて、反対の意を唱える人は多いかと思います。もう少し言葉を尽くすと、「話し手が誰かという重み」「その話者に対する信頼度」というのは、その度合いによって、受けとる内容が変わっていく。場合によって

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起きるたび深くなる眠り

起きるたび深くなる眠り

まだ赦されないのか――最初の寝覚めで、彼はまずそう思った。そして、またすぐに眠り始めた。

つらい、かなしい、何でわたしがこんな目に逢わないといけないのだろう――彼はやりようのない怒りで揺れ、涙を流した。永遠かと思うほど泣き続け、それでも疲れ果てて眠りに落ちた。

彼は自由だった昔の頃を思い返していた。素晴らしいとき、何の制約もなく、行きたいところにはどこにでも行け、全てのものを手にし

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名無しの夏子さんの存在について

名無しの夏子さんという存在について、話したいと思う。

「名無しの夏子さん」「くねくねとした直線」「透明な木の板」「黄色い赤緑」

こういったものを言い表せられるのが、言葉の強さであり、また脆さでもあるだろう。それがどれだけ矛盾を含み、実存を許されないものだとしても、書き記し、言い切ることが出来る。

勿論それらの言葉に身は無く、実感は湧かないのだから、心無いものと言えるかもしれな

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車窓

私の人生が、些細ではあるが、ある時を境に変わってしまって、二度と元に戻らなくなった、その出来事を書いて置こうと思う。
今はもう七年も昔になるがその日、私は大多数の人がそうするのと同じく、列車に乗って、会社から家に帰るところだった。ロングシートに座っている私の右斜め前に、三十前後の女が立っていた。私は二つ、訝しんだ。一つ、私はその日、体をずらすのも億劫で、左端から二番目の席に座り、両隣が空い

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端書

不思議と記憶に残っている風景や情景というものがある。思い出す――というよりも、ふと、あちらから、こちらの方にやってくるような景色だ。その情景が頭に浮かぶときはいつも、うっとりするような、まるでわたしが今もまだそこに居るような気持がする。
 そういった風景は、鮮烈で、人生の中の特別な出来事――というわけでは必ずしもない。そういう記憶はこちらから、意味を辿って思い出せるだろう。その場面を言葉に

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