見出し画像

#2000字のドラマ_小説『君と出逢った奇跡』

私はどうしても突き止めたかった。放送部が毎日流すお昼の校内放送。そこにいつも私が大好きなスピッツをリクエストしてくれる子の正体を。しかし、その正体が誰なのかを特定するのはとても難しい。私の学校は中高一貫校。とてもたくさんの生徒がいる。校内放送で毎日流れる音楽。そのリクエストを書き込むカードには、本名を書くところがない。ペンネームとタイトル・アーティスト名だけでリクエストできるのだ。

「・・・それで、リクエストボックスの前で張り込みを?」

「そう、徹底的に張り込んで見つけるの」

放送部部長である私の権限を行使し、後輩である部員のさやかと二人でリクエストボックスの前で張り込みをすることとした。

「でも明日香先輩、特定してどうするんですか?」

「私、このカードの筆跡の感じで多分書いているのは男の子だろうと踏んでるの。だから、そのこと仲良くなってアーティスト談義したいの!」

「そんなに簡単に仲良くなれますかね?」

「なれる。私は信じてる」

しかし、聞き込みは難航した。なんせ、すべての時間リクエストボックスに張り付いているわけにもいかず、ちらちらと箱の周囲を気にしながら1週間ほど時間をかけて観察した。

「なんでそんなに熱心にその子のことを追いかけるんですか?」

さやかに聞かれた。

「だって、さやかにスピッツの話をしたって真剣に聞いてくれないじゃん」「うん、平気で無視しますね」「私は、そういう好きなことを共有できる人を学校の中で見つけたいの」「どんな人かもわからないのに?」「そんなの会ってみないとわからないんだから当然でしょ。会ってから考えるわよ」「なんでもいいですけど、校内放送をあんまり私物化しないでくださいよ?」

さやかの冗談交じりの忠告を背中で聞きながら、私はリクエストボックスのところへと向かった。



そして、待ちに待った瞬間がやってきた。

私が影からこっそりとリクエストボックスの周囲を観察していると、1人の背の高い男の子がやってきた。彼は小さな紙切れを手にしている。私はあくまで偶然通りがかったのを装いながら、彼に近づいて紙に何が書かれているのか確認する。

彼が手にしてたリクエストカードには、「ハヤブサくん」のペンネームが書かれている。間違いない、いつもの、あの子の筆跡だった。私は少し高揚しながら、勢いよく話しかけた。

「あの!いつもスピッツのリクエストしてくれてるのって・・・君?」

彼は私の声に少し萎縮しながら、照れくさそうに「そうです」と返した。

そこからは急展開だった。「ハヤブサくん」は、悟くんという高校2年生の男の子だった。高校3年生の私とはひとつ下で接点も少なかったが、好きな曲やアルバムの話ですぐに意気投合した。仲良くなった後でも、いつもと変わらずリクエストもしてくれたし、何より同じ学校の中で好きなものを共有できているという喜びに、私は胸が躍った。できるなら、悟くんといつも一緒にいたいとも思うようになった。

「明日香さん、グラウンドばっかり見ないでちゃんと練習してくださいね」

「あ、ごめんごめん。」

放送室の窓からはグラウンドが見渡せて、サッカー部で汗を流す悟くんの姿がよく見えた。私はいつからかその姿を、ずっと目で追っていた。


そうしてやってきた夏休み。私は勇気を振り絞って、悟くんをスピッツのライブに誘うことにした。せっかくなら、好きなことを共有できる人と行きたい。そしてできれば、スピッツの力を借りてこの想いを伝えたい。しかし、悟くんの返事はこうだった。

「ごめん、実の次のライブは彼女を誘っていくつもりなんだ。だから、明日香さんとは行けないんだ」

私の恋は、急に途絶えるようにして終わった。



「・・・という、ね。なんとも若い頃のほろ苦い思い出でございます。では、私の思い出の一曲をみなさんにも聴いていただきましょう。ちょっと季節外れですけど、スピッツで『楓』」

カフを下げると、ちょうどヴォーカルの声が聞こえ始めた。私はヘッドホンを外し、ペットボトルの水をぐいっと飲んだ。FMラジオのワイド番組の仕事は、長丁場でいつも口が疲れる。

「相変わらずの名人芸ですね、明日香さん」

ディレクターの声がトークバックから聞こえてくる。

「うん、でも今日の曲紹介はちょっと辛かったかなー」

「大丈夫ですよ。素敵な思い出だけが学生の夏休みの醍醐味じゃないんですから。リスナーの心もキャッチできたと思いますよ」

「そう?だといいけど!」

私はそこから、しばし歌に耳を傾けた。マサムネさんの透き通った氷のようなその声は、脳裏に焼き付いた夏の思い出をじんわりと呼び戻してくれる、魔法の呪文のようにも思えた。



[了]

ーこの小説は、タグ企画「 #2000字のドラマ 」応募作品です。ー