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【フィンランド・アアルト大学授業紹介】Subjective Atlas of Finland(地図製作の批判性)

2023年アアルト大学での春学期に取っていた Visual Communication Design Major の1週間のワークショップ授業 "Subjective Atlas of Finland: A workshop on participatory forms of counter mapping" についてご紹介したいと思います。この授業では、通常の地図製作・地図学について批判的に捉え、オルタナティブな地図づくりを実際に共同で実践しました。

講師である Annelys de Vet は、ベルギーを拠点とするデザイナー・リサーチャー・エデュケーターです。彼女の実践は、社会的・政治的闘争に関わる長期的な参加型デザインプロジェクトに焦点を当てています。人の視点を持って国を内側からマッピングする "Subjective Editions" という出版プラットフォームを立ち上げ、ブリュッセル、コロンビア、パキスタン、アムステルダム、イスラエル、シンガポールなど世界中の都市でオルタナティブな地図帳を制作するワークショップを開催しています。

この記事では、1週間のワークショップの内容とともに、その背景にある地図製作の政治性やワークショップ自体のデザインについても触れていきたいと思います。自分がいるローカリティや場所性について考えるときのインスピレーションになったと同時に、ワークショップの作り方という面でも参考になった好きな授業の一つです。


1. 「フィンランド」って何?国って何?

ワークショップの初日に聞かれた問いです。

「あなたのフィンランドでの生活体験はどのようなものですか?日々の生活の中でどんな局面で『フィンランド』に出会いますか?それが共鳴するようなアイテム(写真、お菓子、オブジェ、音楽など)はなんですか?そして、それをどのように地図に描きますか?」

いつの間にか「フィンランド」という名前がつけられた今私たちが立っている場所とは、一体何か。「フィンランド」という土地ではどんな経験や感情が生まれているのか。

陸のように見えるが、雪の下は凍ったバルト海を陸側から撮影

この授業では、地図作成という行為そのものを問い直し、カウンター・マッピング、ノンリニアな(non-linear)ストーリーテリングなどを通して場所についてより多声的で多様な表現を目指しました。5日間の共同作業を通じて、ワークショップ参加者の視点からフィンランドを地図化します。私たちの日々の習慣から日常的なルート、移動手段から社会構造、美しさから恐れまで、何が問題で、どの視点にもっと注意を払う必要があるのか。最終的に視覚的資料を出版物としてまとめ、編集することで、場所のナラティブについての対話を開くことが、授業の内容です。

【さまざまな地図や場所の捉え方に関する参考サイトなど】

  • キープ(インカ帝国で使われた紐に結び目を付けて数を記述する方法)

  • 地図に関するさまざまなアートブックの紹介

  • Google Street View を利用したフォトジャーナリズム

  • 人間以外の存在が、人間の制御を越えて発展・拡散した生態系に目を向ける Feral Atlas

授業のはじめに、実際に過去のワークショップで作られた他の都市の共同制作された地図帳を観覧しました。

私のお気に入りの一つは、パキスタン版地図帳に書かれていた "Border rituals" という地図です。パキスタンとインドの国境の検問所で毎日おこなわれている国旗の降納式を取り上げたものです。両国の兵士たちが国境線を挟んで向かい合う​​​​パフォーマンスで、最後は握手と敬礼をして門が閉まるそうです。

「国境」というのは、地図の中で最も政治的な恣意性を感じさせる記号です。特に、パキスタンとインド間には領土問題があります。その国境で行われる毎日のセレモニーでは、お互いを威嚇するような動きでありながら、なんとも息があった美しいパフォーマンスを披露しています(実際見たことはないのですが、映像で見る限り)。

このパフォーマンス自体が国境問題を解決することはないけど、問題を抱えながらも(きっと一緒に練習して??)美しいパフォーマンスが生まれることは、なんだか人間らしい生きる術(アート)だと私は感じます。


2. 地図づくりにおける政治性

考えてみればそうですが、あらゆる領土の地図は、イデオロギー的・政治的価値の表現です。例えば、Google Map に「パレスチナ」は存在しません。2021年時点で138の国連加盟国が国家として承認している​​にも関わらず、です。

パレスチナ系アメリカ人の学者 Helga Tawil-Souri は、地図製作の立ち位置と方法論について次のように説明しています。

地図づくりの政治性と地図が果たす権力は、領土の社会化の過程の一部である。さらに、地図製作は政治的・社会的規範や価値観によって構成されるプロセスである(地図製作者がそれを意識しているかどうかは別として)。地図は解釈的な行為であり、そこでは地図は単に事実を伝えるだけでなく、常に作者の意図や価値観を伝える。しかし、地図作成の政治性は、何を地図にするかだけでなく、どのように地図にするかにもある。

Helga Tawil-Souri, 'Mapping Israel-Palestine', 2012

Annelys は、単一の視点で描かれた地図ではなく、さまざまな人に地図製作に参加してもらうことで、取捨選択され単純化された地図から抜け落ちてしまった声や視点、特にそこに生きる人々の経験や感情、を取り戻そうとしています。

通常、伝統的な地図製作というのが、「こすり落とす」のに対して、今回のワークショップのような主観的な地図製作(subjective atlases)は「積み上げる」方法論だと説明しています。

また彼女のワークショップでは、最終的にできあがる地図帳という「成果物」だけではなく、それをコラボレーションして作るというプロセスを通じて、組織や創作、主観化のプロセスを再デザインするということに重きを置いています。

ワークショップ中の様子(Photo by Process harvesters)

デザイナーの Danah Abdullah は、デザイナーの役割について、「もしデザイナーが意味のある変化に参加し、自分たちの仕事の方向性を変えたいのであれば、それは人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティ、能力といったパワーを理解し、それらに取り組むことである」(Danah Abdullah, 'Against Performative Positivity')と述べています。

​​単数的なデザインの方法から複数的なデザインの方法へと移行することは、私たちが世界における複数的なあり方へと移行する助けとなるかもしれない。​​Annelys はそんな想いで、デザイン実践を行っています。

※以上の記述は、Annelys のレクチャーおよびエッセーから抜粋したものです。

3. 主観的な地図づくり(Subjective Atlas)

個々人の視点や経験、観察などを通して現れる複数の「フィンランド」を集めた地図帳。最終的に本というフォーマットに合う形で一人ひとりが作業を進めます。

その際に、以下のようなガイドラインが与えられました。

  • 「今」に焦点を当てること。

  • 地図に載せる情報は生きた、根ざした経験であり、 社会的、文化的、政治的な側面を持ち、​​観察を中心とすること。解釈は読み手に委ねられる。

  • ナラティブを図やドローイング、地図、シリーズ写真のような地図製作のビジュアルに翻訳すること。地図帳はテキストよりもイメージを優先する。物語を伝えるのはビジュアルであり、テキストはクレジットとして機能する。​​

  • 一つの投稿に対して一つのアイデアまたはトピックに焦点を当てること。

  • それぞれの素材は各アーティストによって作られたり集められたりすること(著作権フリー)。

  • 作品の意図を明確にする強いタイトルをつける​​こと。

  • このワークショップの性質上、すべてのテキストは英語でも読めるようにすること。

私はフィンランドに来てから毎日続けている大学キャンパス内の草木収集とその草木染めの色をもとにした地図 "Foraged Colours in Otaniemi" を制作しました。他には、毎日食べているもの、街中のノスタルジックな床屋の看板、思い出の場所と人、などそれぞれの関係性が見える地図ができあがりました。

Foraged colours in Otaniemi のページ

4. ワークショップデザインとしての体験はどうだったか?

ワークショップの内容からは少し離れて、この1週間のワークショップ全体のデザインについても勉強になることがありました。

5日間という短い期間で一人ひとりが地図を作成し、半日ヘルシンキ市内へのフィールドワークを行い、一冊の冊子にデザインをまとめ、印刷し製本し、最終日にお披露目会をするという、なかなかの強行スケジュールだったなと思いますが、なんとかやり切ることができました。

スケジュール通りできた理由の一つは、5日間のワークショップが体系づけられていたことだと感じています。

Annelys のレクチャー中の様子(Photo by Process harvesters)

まず、初日のオリエンテーションの際に、一日一日がコレクティブ地図帳づくりのどの段階にあるのかの大枠が説明されました。

1日目は、Framing(フレーミング)で授業内容の説明や役割分担など、2日目は Sketching(スケッチング)で地図づくりやディスカッション、3日目は Moving(ムービング)で市内エスカーション、4日目の Materialisation(マテリアル化)は国旗づくりと個々人の地図の仕上げ、5日目は(AM) Collective production & editing / (PM) Launch of 1st subjective atlas of Finland でデザインのまとめ編集とお披露目会でした。

初日には、フィンランドの輪郭だけ描かれた白紙の紙に自分が思うフィンランドを描いて共有するというエクササイズを行いました。

「フィンランド」とは?

同様に4日目には、フィンランドの国旗を描いたりコラージュしたりと国旗も制作しました。

参加者が作ったフィンランドの国旗をシェア(Photo by Process harvesters)

3日目には、参加者みんなとヘルシンキ市内で半日フィールドワークを行いました。ここでは、ペアでランダムに決めた「色」に従って街の中を自由に散策しながらその「色」を写真に撮り集めるというアクティビティをしました。

街の「色」を頼りに街歩きしたアクティビティ "Colour Compass"

ワークショップ中に行った、個々人が制作するメインの地図以外のアウトプット(国旗や街の「色」の写真)もすべて、最終的な地図帳に含まれました。初めから最終成果物のフォーマットをイメージしデザインしておくことで、冊子に必要なコンテンツを集めるために、5日間のワークショップをうまくデザインすることができるんだなと個人的に勉強になりました。

効率的なスケジュールとともに、全体のコレクティブプロセスに対する参加者一人ひとりの役割も初日に決めました。それによって、各々が個々の地図づくりの他に、全体の地図帳づくりの中でどう貢献すべきかがはっきりしていました。参考までに、今回割り当てられた役割には以下がありました。

  • 本に必要なすべてのマテリアルを集めて校正する Editor(編集者)

  • 手書きで作製した地図や国旗をスキャンしデジタル化する Digitiser(デジタイザー)

  • 地図帳に載せる参加者のポートレイト写真をやワークショップ最中の記録写真を撮る Harvesting process(プロセス実らせる係)

  • ヘルシンキ市内の半日エクスカーションをコーディネートする Tour guide(ツアーガイド)

  • それぞれが作製したAdobeインデザインのデータを一つの完成ファイルにまとめ全体のレイアウトを行う DTP(グラフィックデザイナー)

  • データをプリントアウトし製本する Printer(製本係)

  • 希望に応じてサプライズを持ち込む Joker(ジョーカー)

私にとっては、授業の内容としてもワークショップデザインとしても学ぶことが多く、授業中はあまりクリティカルな改善点など感じることはありませんでした。

エクスカーションのあと、ペアで集めた「色」の写真をアップロード中(Photo by Process harvesters)

しかし、同じくこの授業を取っていた私のフラットメイトのフィードバックには、なるほどと思いました。

自分たちが地図の題材として選んだもの(自分にとって「フィンランド」を意味するもの)について、なぜそれに興味を持ったのかを授業中に話す時間ががなかった。(※彼女は毎日自分が買ったり作ったりした食べ物を集めてコラージュを作っていた。)選んだ理由や動機によって、どのように写真を配置するかなどデザインが変わるのに、そのシェアやディスカッションがないまま、グラフィックデザイン的にまとまりがいいようなデザインのアドバイスしかなかった。アートというよりデザインの授業だった。

フラットメイトの発言

振り返ると、プロセス重視といいながらも、対話がたくさんできたのかというとそうではないかなと確かに思います。タイトなスケジュールの中、先生の思惑として地図帳という最終成果物を目指していたこともあり、途中でついて来れない(来たくない)人がいた場合に、立ち止まる時間があったかというと、正直わからないです。他の都市で行ってきた通常のワークショップではもっと時間を取っていたようなので、もっと時間があれば違ったのかもしれませんが、きれいにパッケージとしてまとめるという部分に注力が割かれていた気もします。

フラットメイトのフィードバックも含め、今後自分がワークショップを開催する際にいろいろと学ぶことがあったので、個人的には大変勉強になる授業でした。

今回授業で作成した地図帳の裏表紙と表紙

※特記ない限り、写真は筆者撮影

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