見出し画像

独り言

生徒達に『学びの機会を保障する』って、一体どういう事がそれを全うしてると言えるのだろう?

『生徒に時間を与えること?』いや、『先生として時間をかけて教えること?』

少なからず『生徒に時間を与えること』を重要視している人もいるとは思うけど…でも果たして実態はどうなのかな??

あなたの今のその行動って本当に生徒に『時間を与えてる』って言えますか?って自問自答する必要がある気がする🤔

単に教師側からの一方的な授業によって生徒の『時間を奪って』いませんか?
と、自分に問いかける事も必要だと思う。

教師が教師であると誇示するための“先生ごっこ”を成立させるために、本来『与えられる』はずの時間を与えられていない…なんて事はないのかな??🤔
こういう自分への疑いは常に消しちゃいけないと思う。


また、全うに『学ぶ』って何なのかな??
5教科を学ぶ事なんでしょうか?または“英数国”の3教科を学ぶ事なんでしょうか?『主要3教科』って誰が決めたんでしょうか?

人生なんて『教科』や『科目』で分けられてないけど、それでもやっぱり大事なのは〇〇教科を学ぶことでしょうか?有名な〇〇大学を目指す事なんでしょうか?

それって大人の勝手なエゴや都合じゃないんでしょうか??

少なくとも、私の周りには明らかに多くの若者が大人達(特に先生)の道具として、時間を搾取されてるんじゃないですか?と思う瞬間があるなぁ…。

僕も含めて、『先生』と呼ばれる人は肝に命じた方がいい。

自分の“先生ごっこ”や、“青春取り戻しごっこ”の為に、未来ある若者の時間を搾取するのはやめた方がいい。
大切なのは、手放す勇気を持つことだと思う。

余計なお世話をやめる勇気が必要なんだと思う。

誰もが人生、最終的に自分のケツは自分で拭くしかない環境で生きていて、そこで起きた出来事を何か一つ取り上げてたとして…
それを誰のせいにも出来ないし、誰かのせいにしても何も解決しない。

皆それぞれ色々あると思うけど、ケツを拭く覚悟はいつも持ち合わせながら生きていきたいなぁ…。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?