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『絶望を希望に変える経済学』◆読書ログ2021#01◆

今回の読書ログは、『絶望を希望に変える経済学  社会の重大問題をどう解決するか』です。

ランダム化比較実験(RCT)という手法を活用した貧困緩和の研究で、2019年にノーベル経済学賞*を受賞したバナジー氏とデュフロ氏による一冊です。彼らが書いた『貧乏人の経済学』も有名です。

(* ちなみに「ノーベル経済学賞」というのは通称で、実際にはノーベル賞ではなく、本来は「アルフレッド・ノーベル記念 経済科学におけるスウェーデン国立銀行賞」とでも訳すべきものだったりします。)


さて、現代社会は、非常に多くの問題を抱えています
多くの富裕国における生産性の低下と経済成長の鈍化、地球温暖化その他の環境問題、政治家の不祥事と政府に対する不信、さらには貧困、経済格差、等々。

これらの問題に関する議論は、いずれも二極化が深刻化し、どんどんおかしな方へ向かい、ちっとも前に進んでいる感覚がありません。
マスコミの報道も、一般市民の世論も、偏見にまみれています。

そんな中で、経済学はこれらの問題に対して何ができるのでしょうか?

教科書に載っているようなごくシンプルなモデルをベースにした抽象的で堅苦しく古臭い理論や、TVのワイドショーに登場する「経済評論家」の軽々しい説明しか知らない人は、経済学はさほど現実の世界において役立つものではないと思っているかもしれません。
とある世論調査では、たったの25%の人しか経済学者の経済についての発言を信用しないという結果が出ており、自分の専門分野についての意見を述べた場合に経済学者より信頼度が低いのは、政治家だけだったそうです。

なぜ経済学者がこれほどまでに信用されないのでしょうか?

本書の原題は、『Good Economics for Hard Times』となっています。
直訳するなら「困難な時代のための良い経済学」といったところでしょうか。
「良い経済学」があるならば、当然「悪い経済学」もあるということになります。
「悪い」といっても、悪意をもって人々を騙そうとしているとか、そういうことではありません。
端的に言えば、現実の社会とは異なる社会を想定している理論がこれに当たります。

ところが、現実には――それがどれだけ「非合理的」だとしても――多くの経済学で想定されるようには社会はできていないのです。
都市に移住した方が明らかに安全で高収入だとしても、移住せずに家族ともども村で飢えていく方を選びます。
ある産業の急成長のおかげで社会が豊かになったとしても、その恩恵がもれなく自然に社会全体に行き渡るということはなく、ただ一部の富裕層がさらに富むだけで、何もしなければ「負け組」は「負け組」のままです。

しかしながら、こうした現実に即していない「悪い経済学」が巷では大手を振ってまかり通っており、政治家やテレビで「経済評論家」を自称する人たちが、それらを自分たちにとって都合がいいように使っていること、それが経済学者が信用されない理由の1つだといいます。

一方で、一般のイメージに反して、ごく最近の経済学研究の成果には、現実の社会にとって有益なものが多くあります

そんな「良い経済学」ですらあまり信用されていないのは、アカデミックな経済学者らは断定を避け、あれこれ含みを残した結論を出すからです。
というのも、その説明に至った根拠・複雑な過程を説明するのに十分は時間は報道番組では与えられないからです。
視聴者に正しく理解してもらえるようによく発言を練っていれば、どっちつかずの中途半端な説明になり、慎重に言葉を選んで曖昧に濁しても、何か裏があるのではないかと勘繰られてしまいます。
そもそも経済の将来を予測することはほとんど不可能なのです。
ゆえに、一部の極端な意見の持ち主を除いて、アカデミックな経済学者らは軽率な予想を避けます。
かくして、無責任にそれっぽいことをを宣う自称「経済評論家」の発言だけが私たちの印象に残ることになります。

けれども、こうした困難な時代において経済学が提供できる最も価値あるものは、正確な予測、その結論などではなく、そこに至るまでの過程で知りえた事実、それを解釈した方法、推論の各段階であり、それでもなお残る不確実性とその要因などであるべきです。

なぜなら、経済学は現象とそのメカニズムを正しく記述するような自然科学の類などではなく、その研究・学説・発言などが現実の社会を変える可能性がある、そういう「遂行性」を有しているからです。

そこには絶対確実と言えるものはほとんどありません。
だからこそ、私たちはもっと経済学者の言うことに耳を傾け、もっと深く知り、そして考え、行動を起こすべきなのではないでしょうか。

どうすればこの困難を乗り越え、再び成長に転じることができるのか?
いや、そもそも「成長」が必要なのだろうか?
真に求められているのは、尊厳であり幸福であり、そして希望なのです。
ただ黙って偉い人たちに丸投げしていても、きっとこの絶望が希望に変わることはないのだと思います。

行動の呼びかけは、経済学者だけがすべきものではない。人間らしく生きられるよりよい世界を願う私たち誰もが声を挙げなければならない。経済学は、経済学者にまかせておくには重要すぎるのである。


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